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インスリン産生膵島オルガノイドと糖尿病マウス治療

イントロダクション

糖尿病は本当に大変な病気だと思います。自覚症状のないまま全身の血管が変化し、放置したままでは色々な合併症が出現します。研究が進み、治療も進歩していますが、患者数が膨大なこともあり、まだまだ十分コントロールできない方がたくさんいるのです。

乱暴ですが、糖尿病の病態を「膵β細胞の機能喪失」と言い換えるならば、この疾患は細胞治療の格好の対象です。血糖上昇を鋭敏に感知し、これに応答してインスリンを分泌できる細胞を作成し、拒絶されないよう患者体内に移入させれば、有効な治療になるからです。ただ現時点では、これに関する十分な戦略があるとは言えないのです。

このような背景のもと、糖尿病に対する細胞治療を前進させうる研究が報告されました。米国ソーク研究所を中心としたグループが、成熟した膵β細胞様細胞を含み、膵島に類似するヒト細胞集団を培養できると発表したのです。この研究ではさらに、移植細胞に免疫抑制機能をもたせ、移植後の拒絶反応を抑える技術を開発し、マウスに生着させた膵β細胞様細胞を長期間維持できることを示しました。この研究は、2020年8月19日、Nature誌にオンライン公表されました。論文の筆頭著者はEiji Yoshiharaさん、責任著者はRonald M. Evans先生です。

Immune-evasive human islet-like organoids ameliorate diabetes

Eiji Yoshihara, Carolyn O’Connor, Emanuel Gasser, Zong Wei, Tae Gyu Oh, Tiffany W. Tseng, Dan Wang, Fritz Cayabyab, Yang Dai, Ruth T. Yu, Christopher Liddle, Annette R. Atkins, Michael Downes, Ronald M. Evans

Nature 2020

Wnt4を加え作るヒト膵島様オルガノイド(wHILOs)

iPS細胞など多能性幹細胞を材料とし、段階的な培養操作を加えることで、さまざまな細胞への分化を誘導する技術が進歩しています。さすがに、ひとつの培養器の中で、体の各部の発生を同時進行して誘導する技術、つまり複数の臓器・器官をもつ完全な個体発生を模倣するのはまだまだ難しいと思います。ただ特定の細胞や組織、たとえばインスリンを分泌する膵β細胞様の細胞などについては、多能性幹細胞を順次、胚体内胚葉、原始腸管、後方前腸と段階的に分化させ、その後膵内分泌前駆細胞、β細胞へと分化誘導できることが示されています。しかしながらそうは言っても、このような方法でこれまで作成された細胞は、生体内のβ細胞と完全に同等ではなく、未成熟な段階に止まる細胞であるともされてきました。

これに加え、この10年ほどで、オルガノイド技術というものも大きく進みました。個体発生や器官形成に重要な細胞を、適切な栄養因子、増殖因子、そして細胞外基質を含む環境に配置してやると、細胞集団自身がもつ組織構築能にしたがって、特徴的な構造体が作られる現象が、さまざまな種類の細胞で示されたのです。細胞の自己組織化能にもとづいて形成されるこれら培養体の多くは、構造・機能の点で特定の器官(オルガン)のようなものであることがわかり、「オルガノイド」と呼ばれるのです。オルガノイドは必ず多能性幹細胞を材料としなければならないわけではなく、体性幹細胞など種々の細胞を材料として作成できることも知られます。

さて、本研究チームは以前に、多能性幹細胞から膵β細胞様細胞を分化誘導する際、ERRγ(Estrogen-related receptorγ)という転写因子を導入すると、より成熟した膵β細胞様細胞ができることを示しました(Yoshihara Cell Metab 2016)。ERRγ導入細胞では、ブドウ糖に応答してインスリンがきちんと分泌される仕組み、すなわちGSIS(glucose-stimulated insulin secretion)と呼ばれる成熟膵β細胞の性質が獲得できるとしたのです。

今回の研究はまず、ヒトiPS細胞から分化誘導し作成した膵内分泌前駆細胞を、ヒト脂肪組織由来幹細胞(hADSCs)、およびヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVECs)と混合し、3次元的に培養することで、マルチ細胞スフェロイド(multicellular spheroid; MCS)と呼ぶ構造ができることの発見に始まります。そしてこのMCSに含まれる内分泌前駆細胞集団は、hADSCsやHUVECsを混合しない場合に比べ、ERRγの発現が高い、成熟したβ細胞になっていたのです。

研究チームは、hADSCsとHUVECを加えるとβ細胞成熟が増強される仕組みを調べました。そしてMCSの遺伝子解析により、これら細胞でWnt(ウィント)シグナルが亢進していることがわかったのです。Wntは特定の細胞が分泌する液性因子で、これを受容する側の細胞では、Wntシグナルカスケードの活性化を介し、多彩な細胞応答が引き起こされるのです。

WNT因子は複数ありますが、研究チームは、MCS内のβ細胞でWntシグナルを活性化する因子として、WNT4が重要であることを見いだしました。そして実際、ヒトiPS細胞由来細胞の培養過程の適切なタイミングでWNT4を添加すると、hADSCsとHUVECを加えなくても、成熟したβ細胞を含む構造体ができたのです。

この発見を受け、研究チームはこの構造体をヒト膵島(ランゲルハンス島)様オルガノイドhuman islet-like organoids; HILOs)と呼びます。特に、WNT4を加えてできるHILOをWNT4-treated HILOwHILOs)と呼ぶこととしたのです。詳しい解析の結果、wHILOは遺伝子発現パターンやGSIS(glucose-stimulated insulin secretion)を示すことなど、さまざまな点でヒト膵島細胞と類似することがわかりました。そしてその理由として、過去にチームが明らかにした膵β細胞の成熟促進因子、すなわちERRγの標的遺伝子群がwHILOにおいて強く誘導されていることがわかったのです。

研究チームはさらに、ヒトiPS細胞からWNT4を用いて作成するwHILOが、生体に移植してもインスリン分泌能を発揮するか調べました。このために、STZという薬剤で糖尿病を誘発したマウスの腎皮膜下にwHILOを移植したのです。その結果、移植したwHILO が生体内で血糖調節機能をもつことがわかったのです。

PD-L1発現wHILO移植による糖尿病マウス治療

さて、ここから論文の内容が少し変わり、話がさらに進みます。作成したwHILOを実際の糖尿病治療に用いる戦略として、移植後の拒絶反応を回避するための技術開発を試みるのです。

急に話を変えますが、免疫チェックポイント分子って知っていますか? そうです、免疫抑制に関わる分子で、その発見が新しいがん治療開発につながり、2018年のノーベル賞受賞対象となった分子です。この時の受賞者のひとり、日本の本庶佑先生は、免疫チェックポイント分子PD-1の基礎・応用研究を進めたのです。

もう少し説明しましょう。PD-1は免疫細胞表面に発現するタンパク質です。免疫細胞は、自分が認識する抗原をもつ細胞と遭遇すると、この細胞を本当に攻撃すべきかどうかを判断します。その際、PD-1と結合するPD-L1という分子が相手の細胞表面に発現していると、免疫細胞の働きにブレーキをかけるのです。言い換えると、免疫細胞上のPD-1と相手細胞上のPD-L1の相互作用が、過剰な免疫応答を抑制するというわけです。ある種のがん細胞はズル賢く、免疫細胞からの攻撃を回避するために、細胞表面にPD-L1を強く発現します。したがって、PD-1/PD-L1相互作用を阻害する薬剤は、がん細胞が免疫にかけるブレーキを解除し、免疫細胞によるがん細胞排除を促進して抗がん効果を示すわけです。

話をもとに戻しましょう。今回の研究では、PD-1/PD-L1相互作用による免疫抑制機構を、wHILO移植後の拒絶反応軽減に用いるのです。もっと簡単に書くと、ズル賢いがん細胞がそうするように、wHILOにPD-L1を発現させ、免疫細胞による排除にブレーキをかけることを目指したのです。

この戦略は奏功しました。遺伝子を導入してPD-L1を発現させたwHILOを移植した場合、発現させないwHILOの移植に比較し、STZ誘発糖尿病マウスの血糖を長期間コントロール可能でした。また、PD-L1発現wHILOの移植組織では、含まれる免疫細胞も減っていました。さらに、特殊な免疫不全マウスを利用して、マウスの中にヒト免疫細胞を再構築する実験で調べても、PD-L1発現wHILO移植はただのwHILOの移植に比べ、長期間の血糖コントロールが得られたのです。

研究チームはさらに、遺伝子導入操作も必要とせずにwHILOにPD-L1を発現させる方法を開発しました。インターフェロンγ(IFNγ)というサイトカインを作用させると、多くの細胞でPD-L1分子が発現するという知見を応用したのです。実際的には、wHILOに短時間(2時間)だけIFNγを作用させて1日おく、という操作を複数回繰り返すことで、PD-L1の発現を誘導しこれを維持できることを発見したのです。こうして作成したwHILOを、STZ誘発糖尿病マウスの腎被膜下に移植する実験をおこないました。その結果、IFNγを作用させたwHILOを移植したマウスは、IFNγを作用させないwHILOを移植したマウスに比べ、長期間血糖降下作用を示すことがわかったのです。

おわりに

本研究は、前半では、成熟したインスリン産生細胞を含み構成されるオルガノイドの培養技術を提示しました。そして後半では、この新しいオルガノイドにさらに操作を加え、移植後の拒絶反応を回避可能とする技術を提示しました。個人的には、本論文は前半後半を別個にしても良い内容で、いわばふたつの研究の「合わせ技」的な論文という印象を持ちましたが、それぞれにやはり重要な知見を含む研究であると思います。

前半で、膵β細胞の最終成熟にWNT4が関わるとした点は大変面白く思いました。本論文では、この機構が出生直後の膵β細胞成熟に関わる可能性を示しています。膵β細胞に限らず、出生直後の期間で多くの組織が劇的な変化を遂げます。本研究のように、そこに関わる分子機構が各組織・臓器においてわかってくると、いろいろな分野の研究が進むことが期待されると思います。

後半で、wHILOにPD-L1を発現させ移植後拒絶を回避するアイデア、そして特に短時間IFNγ刺激を繰り返しPD-L1発現を遷延させる技術は、よくこの条件を見いだしたものだと思いました。今後、より長期にわたってPD-L1発現を維持し、拒絶を回避して機能し続ける膵β細胞の移植研究が進むことが期待されますし、もちろん、他の組織・臓器の移植研究にも応用が期待できますよね。

最後に、本研究の責任著者が核内レセプター研究の権威であるRonald Evans先生であることに気づき、驚きました。ウィキペディアで調べると、1949年生まれで71歳とのことです。すごいですね。

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