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足場がなくても細胞は動く ーインテグリン非依存性細胞移動ー

私たちの体を構成する細胞は移動します。たとえばリンパ球はリンパ節の複雑な構造の中を活発に動きます。それでは一体、細胞はどのような仕組みで場所を変え動くのでしょうか。

これまで細胞の移動の仕組みとして、細胞内の細胞骨格線維、中でもアクチン線維と呼ばれる構造が重要な働きをすることが知られていました。話を単純にし、細胞が平坦な面の上でアメーバのように移動するとしましょう(図1)。細胞内にはアクチン線維があります。細胞が左から右へ移動するとき、前端部(右端)では、アクチン線維に小さなアクチン断片がつぎつぎと付加され伸長することが知られます。そしてこの伸長が、細胞移動の原動力になるのです。

もう少し書くと、右側で伸長し全体として左側(後方)に移動するアクチン線維は、細胞表面を貫通するインテグリン分子と物理的に連結します。そのインテグリン分子は、細胞の外で、これを取り囲む物質(基質)と物理的に連絡しています。つまり、細胞内のアクチンと細胞外基質はインテグリンを介して間接的に連結しているのです。したがって、前端でのアクチン付加による逆行性アクチンフローが生じると、インテグリンによる接着斑が基点となる摩擦力を生じ、細胞を右側へ押し出すというわけです。


上に示した平面(2D)実験システムで、インテグリンの働きをなくしてみます。具体的には、アクチン線維とインテグリンの連結に必要なtalinという分子をノックアウト(KO)することで、これが可能になります。この場合、逆行性アクチンフローの力は細胞外基質に伝わらなくなり、細胞は移動できなくなるのです(図1)。

しかしながらこれまで、単純な2D実験以外の方法で細胞移動を調べた場合には、インテグリンに依存しない、つまり上記と異なる仕組みで細胞が移動することも知られてきました。ただ、そのような仕組みについては不明な点が多く残っていたのです。

このような背景のもと、インテグリンに依存しないタイプの細胞移動機構を詳しく調べた研究が最近の Nature 誌に報告されました(2020年5月13日)。筆頭著者はAnne Reversatさんで、責任著者も兼ねています。もう一人の責任著者はMichael Sixt先生で、Institute of Science and Technology (IST) オーストリアの研究グループからの論文です。

Cellular locomotion using environmental topography

Anne Reversat, Florian Gaertner, Jack Merrin, Julian Stopp, Saren Tasciyan, Juan Aguilera, Ingrid de Vries, Robert Hauschild, Miroslav Hons, Matthieu Piel, Andrew Callan-Jones, Raphael Voituriez & Michael Sixt 

Nature (2020)

研究チームはまず、マウスのリンパ球を用いてこれまでに知られてきたこと、すなわち2D実験で正常リンパ球が移動可能なのに対し、talin KOリンパ球が動かないことを確認しました。一方、寒天のように固めたコラーゲンの中では、talin KOリンパ球が正常リンパ球と同じように、3次元的に運動することを確認しました。

このことは、以下のことを示しています。
1) talin KOリンパ球は2D実験でインテグリンを介する移動はできない
2) talin KOリンパ球は移動不能なのではなく、複雑な構造の中ではインテグリン非依存性に運動する

さて、研究チームは、インテグリン 非依存性の細胞移動機構を詳しく調べるために、マイクロデバイスを用いる実験をおこなっています。まず、細胞が挟まるくらいの距離(わずか5 μm)を隔てた2枚の板状物を並べます(図1)。この板状物の素材は、接着性にも非接着性にもすることが可能で、たとえば正常リンパ球をこの間隙に入れた場合、接着性素材であれば普通に動き回るのに対し、非接着性であれば動かないとしています。また、talin KOリンパ球は接着性素材のものに入れても動かないとしています。このことは、この実験装置内での細胞移動は、2Dアッセイと同様に、インテグリン依存性移動だけを反映することを示しています。

研究チームはここで面白い実験をおこないます。2枚の板状物からなるこの装置において、上下をつなぐ柱構造を多数並べたものを作成し(図2)、その間隙に細胞を入れたのです。不思議なことに、この条件では、柱がなければ移動しなかったtalin KOリンパ球が移動するようになるのです。このことは、柱構造がなければ2Dアッセイと似ているのに、柱を加えると、構造的な複雑さが加わることで、先の3次元コラーゲン内の実験に似ることを示しています。いずれにせよチームはこのデータから、細胞が簡単に素通りできず表面がデコボコするような形状になることが、細胞移動と関わるのではないかと考えたわけです。

研究チームはさらに面白いマイクロデバイスを利用します。径5 μmの細長いチューブ装置を作り、この中に注入した細胞の移動を観察するのです。平滑なチューブでは、正常リンパ球はこの中を移動していくことを示しています。一方、talin KOリンパ球は移動できません。このことから、この実験システムでの細胞移動にも、インテグリン依存性メカニズムだけが関わることがわかったとしています(図2)。

そこで次に、このチューブの内腔にノコギリの歯(鋸歯)状の凸凹を作り、そこへ細胞を注入しました。そうすると、何とtalin KOリンパ球がその部分を移動できるようになったというのです。チューブの鋸歯状構造がまた、先の実験の柱と同じように、接触細胞の表面形状に変化を与え、移動を可能にしたとが考えられるのです。

ユニークなマイクロデバイスを利用したここまでの実験によって、インテグリン非依存性細胞移動を観察可能となっただけでなく、このような細胞移動には細胞表面の形状変化が関与する可能性が見えたわけです。

さて、インテグリン依存性の細胞移動には、細胞内における逆行性アクチンフローが関与することが知られると最初に書きました。では、本研究チームが用いたこの実験系におけるインテグリン非依存性移動の仕組みにも、やはり逆行性アクチンフローが関係するのでしょうか。

このことを調べるため研究チームは、さらにいくつかの実験をおこないました。詳しくは書きませんが、先ほどの鋸歯状チューブの凸凹の間隔を段階的に変えていく実験結果、細胞内アクチンフローを実際に顕微鏡で観察した結果、さらには別のマイクロデバイスで線状痕を作成したガラス上での細胞移動実験結果などから、インテグリン非依存性移動においても細胞内の逆行性アクチンフローが原動力となることを示しました。

以上から本研究では、インテグリン非依存性の移動においても、細胞は逆行性アクチンフローを原動力とすること、そしてこの力を凸凹のある細胞表面に伝えることで、細胞移動が可能になること、などを提示したのです。

細胞が移動する仕組みを知ることは、正常免疫細胞が体内でどう移動するか、などを知るとともに、癌細胞がどう移動し転移するかを知る手がかりにもなるのだと思います。個人的には、この論文はとても楽しく読める論文でした。微小装置の中に柱を並べたり、ギザギザのパターンを途中で変えるチューブを作ったり、ガラス状に極細の線状痕を並べたり、細胞外微小環境を自在に操る実験にいろいろな工夫が感じられたからです。

IST AUSTRIAのWebサイトに著者のReversatさん自身のコメントが出ています。そこでは「インテグリンが無い状態は、氷上でタイヤがスピンして動けない状況に似ているけど、地面にデコボコがあれば動くことができる」とたとえています。なお、付け加えますが、このIST AUSTRIAのページには、鋸歯状チューブの実験の動画も出ています。とてもきれいな動画です。

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