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エレクトロジェネティクスによる糖尿病マウスのリモート治療

エレクトロジェネティクスelectrogenetics)という言葉を知っていますか? 電子遺伝学という訳になるのでしょうか、電気制御により細胞機能を調節する技術や研究といった意味の言葉であり、究極的応用例としては、体内の電子デバイスで電気信号を生成することで細胞機能調節を可能にする技術、と考えてもらうと良いでしょう。

そもそも生体内で、細胞のふるまいに電気信号が関わることはよく知られます。神経細胞軸索が興奮を伝達したり、心筋が順次興奮を伝えたりする過程では、細胞膜内外の局所的電位差の変化が伝播しますよね。ただ、生体内でこうした電気信号伝達を担う本態はイオン伝導体の移動であり、電子伝導を主体とする電子機器内の状況とは異なります。したがって、生体内デバイスに電気信号を発生させ、これで細胞機能を調節したいならば、デバイスで発生させる電場変化を、イオン伝導による情報伝達に変換する必要があるわけです。

このように書くと、少し似たオプトジェネティクスを思い出す方も多いでしょう。そうです、オプトジェネティクスでは、光で活性化されるイオンチャネルを細胞に強制発現させることで、光刺激をイオン伝導による情報伝達に変換するわけです。これと似て、エレクトロジェネティクス技術は、デバイスから供給する電気信号を、イオンチャンネル活性に変換する仕組みの構築とも言えるわけです。

ごく最近新しいエレクトロジェネティクス技術が報告されました。この研究では、ある種の電位依存性イオンチャンネルを利用し、電気刺激に応答する細胞を作成したのです。しかもこの仕掛けを利用し、刺激に応じてインスリンを産生する細胞を作成しました。研究チームはさらに、こうして作成した細胞と電子デバイスを繋いだ装置をマウスに埋め込み、このシステムが糖尿病のリモート治療に有用であることも示しました。

本研究は2020年5月29日、Science 誌に発表されました。筆頭著者はKrzysztof Krawczykさん、責任著者はMartin Fussenegger先生で、スイスのチューリッヒ工科大学のグループによる研究です。

Electrogenetic cellular insulin release for real-time glycemic control in type 1 diabetic mice

Krzysztof Krawczyk, Shuai Xue, Peter Buchmann, Ghislaine Charpin-El-Hamri, Pratik Saxena, Marie-Didiée Hussherr, Jiawei Shao, Haifeng Ye, Mingqi Xie, Martin Fussenegger

Science. 368(6494): 993-1001 2020

ご存知のように、食後に血糖値が上昇すると、これを感知したβ細胞は血糖降下作用をもつインスリンを分泌します。このプロセスがうまくいかず、インスリンが分泌されない、あるいは分泌されたインスリンが作用しない状況に陥ると、糖尿病につながるわけです。

β細胞がどのような仕組みでインスリンを分泌するかについて、かなり大胆ですが途中を一切省略すると、血糖上昇に始まる一連の情報伝達の結果、最終的にβ細胞内部へ流入するカルシウムイオンが関与します。つまり細胞内カルシウム濃度上昇が最終引き金となって、β細胞内で合成され蓄えられたインスリンが細胞外へ分泌されるのです。

そこで本研究では、電気刺激に応答し細胞内カルシウムイオン濃度が上昇する人工細胞作成を目指しました。このようなシステムがあれば、電気刺激でオンデマンドのかたちでインスリンを分泌する細胞が作れるからです。

では、研究チームがとった戦略を簡単に説明しましょう。

細胞膜で囲まれる細胞は、通常は細胞内がマイナスに、細胞外がプラスに帯電しています。神経細胞や心筋細胞など、その働きに電気的情報伝達を用いる細胞では、細胞膜内外のこの電位差をイオンチャンネルを利用し変化させ、信号として利用します。簡単には、細胞膜上のナトリウムチャンネルやカルシウムチャンネルが開口すると、細胞外に豊富な陽イオンであるNaイオンやCaイオンが内側へ流入し、内側がプラスにシフトします。一方、カリウムチャンネルが開口すると、内部に豊富な陽イオンのKイオンが流出するので、内部はマイナスに傾きます。このように、さまざまなタイプのイオンチャンネルを適切なタイミングで開閉させることで、内外の電位差を調節しているのです。

チームは種々の検討の結果、膜内外の電位差を感知し開口するあるタイプの電位依存性カルシウムチャンネルを、あるタイプのカリウムチャンネルと一緒に発現させることにより、人為的に与える電気刺激に応答する細胞が作成できるとしました。つまり研究チームは、これらイオンチャンネルを共発現させることにより、外部から供給する交流電圧パルスによって、細胞に障害を生じることなく、細胞内カルシウム流入を誘導できることを見出したのです。

チームはこれをインスリン産生膵β細胞に適用しました。すなわち、先の組み合わせで電位依存性カルシウムチャンネルとカリウムチャンネルを発現するβ細胞を作成したのです。電気刺激を与えて検証すると、期待したカルシウム流入が見られただけでなく、実際に貯蔵インスリンが細胞外へ分泌されることも確認でき、チームはこれをエレクトロβ細胞と名付けました。

チームは次に、生きたエレクトロβ細胞を含む培養器材と電気刺激を生成するデバイスを直結した装置を作成し、糖尿病モデルマウスの皮下に装着しました。装置内の電気刺激生成制御ボードは、体外装置からのワイヤレス通信により交流パルスを生じるようデザインされています。つまり、任意のタイミングで体外から信号を送信すると、培養器材内のエレクトロβ細胞に電場変化を与えることができ、インスリン分泌を誘導できるというわけです。

実験の結果、この装置を利用してマウス糖尿病における良好な血糖コントロールが可能でした。ブドウ糖を腹腔内に注射し血糖を上昇させた後、体外から装置を操作すると、エレクトロβ細胞が速やかにインスリンを分泌し、これによる血糖降下が見られたのです。

この装置のインプラントを3週間にわたり続けても、生体に障害を引き起こしたり、免疫反応を起こしたりなどの問題は認めませんでした。またチームは、インプラント内のエレクトロβ細胞は、定期的にリフィル(再補填)することが可能としています。デバイス全体を交換することなく、細胞をフレッシュなものに交換することが可能なのです。

整理しましょう。本研究では、電位依存性カルシウムチャンネル/カリウムチャンネル共発現を利用するエレクトロジェネティクス技術を開発し、実際これが細胞機能制御に利用できることを示しました。そしてその応用例として、電気刺激で迅速にインスリンを産生するエレクトロβ細胞を作成しました。しかもエレクトロβ細胞と制御ボードを連結した装置を生体内に装着し、糖尿病マウスモデルに対して有効な血糖降下作用が得られることも提示したのです。

モノをインターネットに接続し相互制御するIoT(Internet of Things)の普及が期待される中、インターネット通信を介した生体機能制御技術、IoBInternet of Body)も進むのではと言われます。この研究チームは論文の中で、今回示したようなインプラントを体外からスマートフォンやスマートウォッチで遠隔コントロールすることにより、実際の糖尿病治療も可能になるのではと、期待を込めて述べています。SF小説のような話に聞こえますが、スマホで必要インスリン量の数値を入力し体内細胞デバイスに送信する糖尿病治療が現実のものとなるかもしれません。スゴイですよね。

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