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コリバクチンって何? 今覚えたい大腸癌の原因候補物質

コリバクチンって知ってますか? このコリバクチン、最近の研究でますます注目を集めている物質です。大腸癌の主な原因のひとつではないかと考えられているのです。

大腸癌は、早期に発見できれば完全な治療も可能です。ただ、いまだ進行例も多く、2018年の日本のがん統計で死亡数をみると、男性では肺がん、胃癌についで第3位、女性では第1位となっています。

過去の研究で、大腸の細胞が典型的な大腸癌に至るまでに少しずつ変化する様子が解き明かされてきました。つまり、正常な細胞が大腸癌へ転換するのに鍵となる遺伝子がいくつかあり、ゲノム上のこれら遺伝子に時間をかけて、段階的に変異が生じ、蓄積していくというのです。

それでは一体、大腸細胞の遺伝子変異はどのような理由で生じるのでしょうか。たとえば日本人に大腸癌が増えた理由として、食生活の欧米化や脂肪摂取の増加などの関連を示す研究もあります。しかしながら、このような要因がいかに大腸癌遺伝子変異に関わるかはあまり詳しくわかっていないのです。こういう状況のもと、大腸癌にみられる遺伝子異常の原因として、コリバクチンが注目されているのです。

コリバクチンは細菌が産生する物質です。今回の話を簡潔に述べると、腸内細菌が産生するコリバクチンが大腸細胞に侵入し、ゲノムに対して特徴的な損傷を与えて遺伝子変異の原因となり、その結果大腸癌ができる、そういうことを示す成果が得られたということなのです。

少しこれまでの経緯からみてみましょう。

2006年、ある種の大腸菌が動物細胞のゲノムDNAに損傷を与えること、そしてこの作用が大腸菌が分泌するコリバクチンによるとわかったのです。コリバクチンは、pksアイランドと呼ばれるクラスター遺伝子をもつ細菌でのみ産生される物質です。さまざまな研究により、この複合遺伝子から産生されたコリバクチンが、細胞核内で二重らせん構造をとるゲノムDNAに入り込み、その部分の二重鎖切断を引き起こし、遺伝子変異を引き起こすことが明らかになったのです。

さて、コリバクチンが動物細胞の遺伝子変異を引き起こしうる、までは良いとしましょう。ただ、ヒトが生きていく過程で、体内のさまざまな細胞にさまざまな遺伝子変異が多かれ少なかれ生じるわけです。それならば、コリバクチンは「ヒトの大腸癌に関わる遺伝子変異」に、実際に関係すると言えるのでしょうか?

これを調べた研究が、最近相次いで報告されました。ひとつ目は2020年2月に公開されたオランダのグループによる論文、、ふたつ目はドイツのグループによる論文です。似た内容の論文ですが、この記事では新しいドイツグループの論文に沿って話しをしていきましょう。

本研究成果は2020年6月1日、Nature Medicine 誌にオンライン公開されました。筆頭著者はPaulina J. Dziubańska-KusibabさんとHilmar Bergerさんの2人、責任著者はThomas F. Meyer先生です。マックス・プランク研究所を中心としたグループによる研究です。

Colibactin DNA-damage signature indicates mutational impact in colorectal cancer

Paulina J. Dziubańska-Kusibab, Hilmar Berger, Federica Battistini, Britta A. M. Bouwman, Amina Iftekhar, Riku Katainen, Tatiana Cajuso, Nicola Crosetto, Modesto Orozco, Lauri A. Aaltonen & Thomas F. Meyer

Nature Medicine (2020)

研究チームはまず、pksアイランドをもち、コリバクチンを産生する大腸菌を大腸細胞に感染させました。分泌されたコリバクチンが大腸細胞ゲノムDNAにどのような傷を与えるかを調べるためです。ご存知のようにDNAは、A、G、T、Cで表記される異なる4つの塩基を含むヌクレオチドが、鎖のようにつながりできています。そして、各ヌクレオチドと対(つい)となるヌクレオチドが連なるもう一本のDNA鎖と、二重鎖構造を構成します。ヒトのゲノムは約60億にもなる塩基対からできているとされますが、この実験では、コリバクチンを作用させた大腸細胞において、どのような部位のDNAが二重鎖切断という損傷を受けるかを、ゲノム全体にわたり解析したのです。 

少し違う説明をしましょう。既知の順序で60億の記号が並ぶ土地に、野生動物でも何でもいいので、これを荒らしに来る複数の侵入者がいるとしましょう。たびたび被害があるので、各被害の際に損傷された地点の周囲の記号を調べ、被害特性をパターンとして理解する、というイメージです。毎回の被害の細かい違いはあるにしても、精度の高い情報収集をすることにより、全体としてこのパターンは動物Aによる被害、こっちのパターンは動物Bによる被害、などと関係づけることが可能になるわけです。実際に、DNA障害部位の同定や参照配列との比較解析技術の進歩により、たとえばタバコや放射線によるDNA障害パターンなどの研究も進んでいます。このように、個々の原因で違うDNA障害パターンを、本論文のタイトルにあるように、DNA障害シグネチャーと呼んでいるのです。シグネチャー(signature)とはもちろん「署名」という意味ですから、個々のもの、この場合はコリバクチンによるDNA障害に特徴的なもの、という意味で使われているわけです。

さて、コリバクチンによる大腸細胞の「DNA障害シグネチャー」を調べた結果、大きな特徴ががわかりました。コリバクチンは、膨大なDNA鎖の中からA-A-W-W-T-T(WはAでもTでも可という意味)という6塩基が並ぶ部分を特別に選びだし、切断して変異させている可能性が高いというのです。もちろん、コリバクチンが全ゲノム中のAAWWTT配列をもれなく見つけ出し、正確無比に切断しているかはわかりません。ただ、コリバクチンが作用した細胞と作用してない細胞でDNA損傷部位を比較し、その近傍の塩基配列を調べ上げて包括的に解析した結果、明らかにコリバクチンはこういうDNA切断パターンの特徴をもつのです。

これを受け、研究チームは次に実際のヒトの大腸癌細胞を調べました。なぜならば大腸癌の遺伝子変異パターンに、コリバクチンによる特徴的なDNA障害シグネチャーが見られるなら、コリバクチンが「ヒトの大腸癌に関わる遺伝子変異」に実際に関係するとのエビデンスになるからです。

そして、ヒト大腸癌における遺伝子変異データと照らしあわせることにより、上記の仮説が正しいことが示されたのです。研究チームは複数のデータベースを調べたのですが、たとえば200個の大腸癌サンプルの全ゲノムシークエンスデータを用いた解析では、なんと51個の癌においてコリバクチンに特徴的はDNA障害シグネチャーが見られたとしています。ちなみに、詳細は省きますが、大腸癌の種類によってコリバクチン型変異の見られる割合が異なることも判明しています。

さらにチームは、ヒト大腸で実際にコリバクチン型遺伝子変異が生じていることを別の角度からも明らかにしました。実は2019年、コリバクチン研究とは無関係に、癌になる前のヒト大腸細胞の遺伝子変異シグネチャーを調べた研究があったのです。この研究では、別の視点に基づくDNA変異解析方法(trinucleotide mutation signature)で大腸上皮を解析し、大腸には他ではあまり見られないユニークな遺伝子変異パターン(SBSAと呼んでいます)があるとしていました。今回の研究では、以前の研究におけるこのSBSAパターンが、コリバクチン型遺伝子変異を見ていた可能性を指摘したのです。そして、実際ヒト大腸癌サンプルにおいて、「コリバクチン型変異シグネチャー」と「SBSA」とがともに見られる傾向があることを示したのです。

大変興味深いこともわかりました。APC遺伝子という有名な遺伝子があり、正常な細胞が大腸癌へ段階的に転換していくプロセスにおいて、比較的早い時期にこの遺伝子変異が生じることが知られています。本研究では、このAPC遺伝子にもコリバクチン型変異が一定の頻度でみられることを発見したのです。このことは、大腸細胞の発癌過程の早期に、コリバクチンによる遺伝子変異が実際に関わった癌があることを示しているのです。

本研究は、社会に広く影響を与えることでしょう。がん死亡数で上位にランキングされる大腸癌が、腸内細菌の産生物質が原因で生じる可能性を大変強く示しているのですから。

今後の研究で、コリバクチン産生大腸菌がどのようなヒトの腸内にいるのかなどの詳細もいっそう明らかになるでしょう。また、「日本人の大腸癌」でコリバクチンが関わる度合いについても研究が進むと予想されます。

また、実際にコリバクチン産生大腸菌を腸内に保有するひとの大腸癌予防の研究も進むことでしょう。その場合には、大腸細胞変異を防ぐために、コリバクチン産生菌を狙って除去するのでしょうか、あるいはコリバクチンが大腸細胞に侵入するのを防ぐのか、DNAに結合するのを防ぐのか、この分野の研究ではどのような戦略がとられていくのでしょうか。 十数年前の発見に始まったコリバクチン研究が、今このような成果にたどり着き、さらにこれから大腸癌予防につながる様子を見ることができるのは、すごく面白いなぁと思います。

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