ライフサイエンス研究とその周辺に関する個人のブログです

新型コロナウイルスは想像以上にズル賢い?

世界は新型コロナウイルス感染のパンデミックに見舞われています。世界中の研究者がこの困難に立ち向かうべく、さまざまな角度から新型コロナウイルス研究を繰り広げています。その様子は、多くの生命科学雑誌が関連論文で溢れていることでもわかります。

さて、新型コロナウイルス感染症COVID-19)は、新型コロナウイルスSARS-CoV-2)がヒトに感染し生じます。ウイルスがヒトに感染する、とは言うものの、ヒトの全ての細胞に侵入するわけではありません。ウイルスは、およそ60兆あるとされるヒトの細胞の中から、表面に特定の分子を持つものを識別し、そのような細胞にだけ侵入し感染するのです。言い換えるとウイルスは、ヒトの体を構成する多様な細胞の中から、感染可能な細胞を特定の表面分子の有無によって見分けているのです。

COVID-19のパンデミックを受け、SARS-CoV-2が感染できる細胞の表面分子はあっという間に同定されました。アンジオテンシン変換酵素2(ACE2)と呼ばれる分子と判明したのです。これに加えてSARS-CoV-2がヒト細胞に感染するためには、TMPRSS2と呼ばれる別の酵素でウイルスが処理されることも重要だとわかりました。すなわち、ACE2とTMPRSS2の両者を発現する細胞が、SARS-CoV-2が感染する細胞なのです。したがって、両分子が共に発現する細胞(ACE2+/ TMPRSS2+ 細胞)が、私たちの体内のどこにどう分布するかを知ることはきわめて重要なわけです。

つい最近、新型コロナウイルスが私たちの体内のどういう細胞に感染するかを調べた研究がCell誌に公開されました(2020年4月24日)。筆頭著者はCarly G.K. Zieglerさん、 Samuel J. Allonさん、 Sarah K. Nyquistさん、 Ian M. Mbanoさんの4人、責任著者はAlex K. Shalek先生とJose Ordovas-Montanes先生の2人です。

SARS-CoV-2 receptor ACE2 is an interferon-stimulated gene in human airway epithelial cells and is detected in specific cell subsets across tissues

Carly G.K. Ziegler, Samuel J. Allon, Sarah K. Nyquist, Ian M. Mbano, Vincent N. Miao, Constantine N. Tzouanas, Yuming Cao, Ashraf S. Yousif, Julia Bals, Blake M. Hauser, Jared Feldman, Christoph Muus, Marc H. Wadsworth II, Samuel W. Kazer, Travis K. Hughes, Benjamin Doran, G. James Gatter, Marko Vukovic, Faith Taliaferro, Benjamin E. Mead, Zhiru Guo, Jennifer P. Wang, Delphine Gras, Magali Plaisant, Meshal Ansari, Ilias Angelidis, Heiko Adler, Jennifer M.S. Sucre, Chase J. Taylor, Brian Lin, Avinash Waghray, Vanessa Mitsialis, Daniel F. Dwyer, Kathleen M. Buchheit, Joshua A. Boyce, Nora A. Barrett, Tanya M. Laidlaw, Shaina L. Carroll, Lucrezia Colonna, Victor Tkachev, Christopher W. Peterson, Alison Yu, Hengqi Betty Zheng, Hannah P. Gideon, Caylin G. Winchell, Philana Ling Lin, Colin D. Bingle, Scott B. Snapper, Jonathan A. Kropski, Fabian J. Theis, Herbert B. Schiller, Laure-Emmanuelle Zaragosi, Pascal Barbry, Alasdair Leslie, Hans-Peter Kiem, JoAnne L. Flynn, Sarah M. Fortune, Bonnie Berger, Robert W. Finberg, Leslie S. Kean, Manuel Garber, Aaron G. Schmidt, Daniel Lingwood, Alex K. Shalek, Jose Ordovas-Montanes HCA Lung Biological Network

Cell (2020)

この研究では、SARS-CoV-2が感染するACE2+/TMPRSS2+ 細胞がどういう細胞種であるのかを、主にシングルセルRNAシーケンス(single cell RNA sequence: scRNA-seq)を利用し調べています(01)。

COVID-19は肺炎を引き起こします。そこで研究チームはまず、肺内でSARS-CoV-2が感染する細胞種を調べました。サルとヒトの肺のscRNA-seqデータを解析したところ、ひと口に肺と言ってもその中に多くの種類の細胞が含まれることが確認できたと同時に、この中のある細胞(2型肺胞上皮と呼ばれる細胞)においてのみACE2とTMPRSS2の発現が高いことがわかりました。

これまでSARS-CoV-2は腸にも感染する可能性が指摘されてきました。そこでチームは次に、サルとヒトの腸のscRNA-seqデータを解析しました。その結果、ACE2とTMPRSS2が発現する細胞が実際小腸の中にあり、これが吸収上皮細胞と呼ばれる細胞種であることを明らかにしました。

さらにもうひとつ別の部位、すなわち鼻粘膜についてもチームは調べました。そして、ヒトの鼻粘膜組織のscRNA-seqの解析結果から、この部位では鼻粘膜上皮杯細胞と呼ばれる細胞種にACE2とTMPRSS2が発現することがわかりました。

すなわちACE2とTMPRSS2の発現は、2型肺胞上皮細胞、小腸吸収上皮細胞、および鼻粘膜上皮杯細胞で高く、これら限られた細胞種がSARS-CoV-2感染細胞である可能性を示したわけです。

さて、SARS-CoV-2が感染する細胞種を調べる過程で、ひとつ意外なデータが出てきました。ACE2の発現が高い細胞においては、インターフェロンというサイトカインの作用で誘導される遺伝子群(Interferon-stimulated genes; ISGs)の発現も高いというのです。

研究チームは、たとえばヒト2型肺胞上皮細胞の中でACE2+/TMPRSS2+ 細胞とそれ以外の細胞とで比較した場合、それからサルにウイルスを感染させインターフェロンが高まる状況をつくり腸の吸収上皮細胞を調べた場合、さらにはACE2+/TMPRSS2+鼻粘膜上皮杯細胞とそれ以外の細胞とで比較した場合のいずれにおいても、ACE2を発現する細胞ではISGの発現が高いとしています。

このことは、私たちにとってやや心配なことが起きている可能性を示しています。なぜかと言うと、そもそもインターフェロンはウイルス感染に対する生体防御のために機能する物質なのです。したがって、もしACE2の発現がインターフェロンで高くなるのだとすれば、SARS-CoV-2は自分を抑え込もうとするインターフェロンの働きを逆手にとり、これをうまく利用して、自分が感染するACE2+細胞を増やしている可能性があるのです。これが事実であるならば、SARS-CoV-2は想像以上にズル賢いウイルスと言えるのかもしれません。

いずれにせよ、研究チームはこのあと、ACE2がインターフェロンで誘導されるISGのひとつであるかどうかも調べています。その結果、ヒト鼻腔から採取した細胞にインターフェロンを添加しACE2遺伝子発現が誘導されることや、ウイルス感染でISGの発現が増加した肺の細胞で実際にACE2発現が上昇することを明らかにしました。また、多くの細胞におけるISGを解析した過去の研究結果を収集したデータベースを調べた結果でも、いくつかの細胞ではインターフェロンでACE2が発現上昇することが確認できることもわかったとし、これらを総合してACE2分子がヒト細胞においてISGのひとつだとしています。

SARS-CoV-2の感染標的細胞の同定については、似たような研究成果を示す論文の公表が相次いでいます。研究社会における熾烈な競争が実感できると同時に、研究者が社会貢献のため凄まじいスピードで研究を進めている様子もわかります。感染標的細胞が示されたことを受け、SARS-CoV-2やCOVID-19の病態に関する研究がさらに加速することでしょう。

また、ACE2遺伝子がインターフェロン作用で誘導されるISGのひとつであるとの発見は大変気になります。生体防御に働くインターフェロンが作用すればするほど、感染可能細胞を増やすのではないかとの懸念を提示するからです。現時点ではまだ、ヒト体内でインターフェロンが全体としてCOVID-19にどう影響を及ぼすかはわかっていません。本論文の責任著者のOrdovas-Montanes先生は別のところで、ある状況ではインターフェロンがウイルスを抑制し、別の状況では感染を促進するなど、体内におけるインターフェロンの実際の作用はタイミングや量などに影響を受けるのかもしれないと述べ、インターフェロンが示す可能性がある相反する二つの作用のバランスを理解することが重要であるとしています。

補足説明

01: シングルセルRNAシーケンス(single cell RNA sequence: scRNA-seq)。生体は多様で多数の細胞の集まりです。個々の細胞の働きや性質が異なるのは、細胞がそれぞれ異なる遺伝子(mRNA)セットを発現することに起因します。逆に言えば、多様で膨大なmRNAからなる研究試料がある場合、そこに含まれる何千何万というmRNAの種類とその量を知ることができれば、このmRNAがどういう組織や細胞に由来するかを推定することができるのです。ごく微量のmRNAを高精度で解析する手法が進み、今やmRNAの発現を個々の細胞レベルで区別してプロファイリングするscRNA-seq解析が広く利用可能となったわけです。

最新情報をチェックしよう!