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痩せとALK遺伝子 現代の癌治療薬は近い将来の抗肥満薬?

肥満には、生活習慣だけでなく、遺伝が関係します。単一の遺伝子で規定される肥満もありますが、ほとんどの人の肥満には複数の遺伝子が関係すると考えられています。では、どのような遺伝子が肥満と関わるのでしょうか。

大規模なヒト集団を対象とし、遺伝情報全体(ゲノム)を網羅して解析し、「肥満」 などの表現型と関連のある感受性遺伝子座を調べる研究が盛んにおこなわれます。ゲノムワイド関連解析(Genome Wide Association Study:GWAS 「ジーバス」 と発音されます)と呼ばれる解析です。例えばBody Mass Index(BMI)に対するGWASが世界の様々な集団においておこなわれ、実際に複数の感受性遺伝子が同定されています。ただ、こうした現状においてもなお、肥満が遺伝で規定される仕組みの解明や、特定の遺伝子産物を標的とした有効な肥満治療開発にはいたっていません。したがって、新しい感受性遺伝子の探索や、既に同定された遺伝子の生物学的検証も含め、今も研究は続いているのです。

ごく最近、研究の視点を変え、しかもデータの精度を高める戦略をとることによって、肥満、というか人の体格と関連する感受性遺伝子を同定する研究がおこなわれました。簡単に言うと、「健康的に痩せているヒト」 に対象を絞ったGWASをおこない、候補遺伝子バリアントを同定したのです。しかも、抽出された中のひとつの遺伝子について機能を詳しく調べ、これが実際に体格調節に関与するとのデータを示したのです。この研究は2020年5月21日、Cell 誌にオンライン公開されました。筆頭著者はMichael OrthoferさんとArmand Valsesiaさんの2人、責任著者はJorg Hager先生、Nele Gheldof先生およびJosef M. Penninger先生です。IMBA(Institute of Molecular Biotechnology of the Austrian Academy of Sciences)と、食品・飲料会社のネスレ社とを中心としたグループの研究です。

Identification of ALK in Thinness

Michael Orthofer, Armand Valsesia, Reedik Mägi, Qiao-Ping Wang, Joanna Kaczanowska, Ivona Kozieradzki, Alexandra Leopoldi, Domagoj Cikes, Lydia M. Zopf, Evgenii O. Tretiakov, Egon Demetz, Richard Hilbe, Anna Boehm, Melita Ticevic, Margit Nõukas, Alexander Jais, Katrin Spirk, Teleri Clark, Sabine Amann, Maarja Lepamets, Christoph Neumayr, Cosmas Arnold, Zhengchao Dou, Volker Kuhn, Maria Novatchkova, Shane J.F. Cronin, Uwe J.F. Tietge, Simone Müller, J. Andrew Pospisilik, Vanja Nagy, Chi-Chung Hui, Jelena Lazovic, Harald Esterbauer, Astrid Hagelkruys, Ivan Tancevski, Florian W. Kiefer, Tibor Harkany, Wulf Haubensak, G. Gregory Neely, Andres Metspalu, Jorg Hager, Nele Gheldof, Josef M. Penninger

Cell 2020

肥満関連遺伝子バリアントの同定を目指す多くの研究では、BMIの高い集団に対するGWASをおこないます。しかしながらこのチームは、視点を逆転させ、極端に痩せた集団に着目してGWASをおこないました。しかも、サンプル集団の表現型情報の質が高いとして、エストニアのバイオバンクを使った解析をしています。このことにより、さまざまな病気や特殊な状況が理由で痩せているヒトを 「痩せ集団」 から厳密に除外することができ、健康に痩せたヒトだけに対象集団を絞ることが可能だったとしています。チームはまた、痩せ集団を定義するのに、単純に一律のBMI値をカットオフとするのではなく、年齢、性別で分けた亜集団におけるBMI値下位数パーセントの集団に厳しく限定するなど、解析の工夫を加えました。その結果、チームは痩せと関わる候補遺伝子領域を複数同定しました。

GWASの解析結果を受け、チームはALK遺伝子に注目します。この遺伝子のイントロン部分が、関連バリアントとされたのです。重要なことに、ALKという分子は、医学研究における歴史というか、社会での認識のされ方というか、大変特別な経緯をもつ遺伝子のひとつです。癌の原因として大きく注目された遺伝子なのです。2007年、日本の間野博行先生グループの研究により、あるタイプの肺癌において、染色体異常の結果ALK遺伝子の異常が生じることが発見されました。そしてその結果ALKの機能が異常に高まることが、癌の異常増殖機構として重要だとわかったのです。しかも実際、開発されたALKの機能阻害薬がこのタイプの肺癌に劇的に効くこともわかり、癌に対する分子標的療法の成功例のひとつとして大きな注目を集めました。ただその一方、正常な個体の中において一体どこでALKが発現しているのか、そしてどのような機能を担うのかについて、多くが不明のままになっていたのです。そういう意味において、今回の研究は大変興味を惹かれる展開になっているのです。

研究チームは、体重や体格を含むメタボリックな指標とALKの機能との関係をさらに調べます。たとえば、ショウジョウバエにおいては、ALK遺伝子をノックダウンすると、食餌摂取は変わらないのに中性脂肪量が低下するなどの変化があることを見つけました。

チームはさらに、マウスでのALKの働きも調べます。先ほど、正常個体におけるALK機能はあまり知られていなかったと書きましたが、ALK遺伝子を欠失するノックアウト(KO)マウスは既に報告され、大きな異常がないことも報告されていたのです。ただ、チームが詳細に調べなおした結果、ALK KOマウスは普通の食行動を示すのに他より痩せて体脂肪が少ないこと、高脂肪食を与えても太りにくいこと、そしてエネルギー消費量が正常に比べ高いことが判明しました。マウスでの遺伝子発現の分布や働きを調べた結果、ALKの発現が視床下部の室傍核(PVN)を中心とした領域で高いこともわかりました。

ではALKの機能は、どのように痩せにかかわっているのでしょうか。 研究チームは、ALK KOマウスでは、脂肪組織におけるノルエピネフリン(NE)のレベルが高いことを見出しました。そしてほかとも合わせ、ALK KOマウスでは、視床下部のPVNにおけるALKの作用の結果交感神経緊張が高まり、これによって脂肪組織における脂肪分解が高まるのだとしています。

この研究はまず、「Identification of ALK in Thinness」 というとても短いタイトルが、この研究の 「発想の転換に基づく戦略」 をアピールしていることがよくわかりました。そもそも研究チーム自身も同定したかったのは、生活習慣病に直結し肥満に関わる遺伝子のはずです。しかしながら、多くの他のGWASと戦略を変え、痩せに着目したことが結果的に功を奏したことをアピールしているのです。面白いですよね。

もう一つの興味はもちろん、ALKが癌遺伝子として認識されてきた経緯をふまえた上での、本研究の意義に関する興味です。先に述べたように、すでに癌治療のためにヒトに投与されるALK阻害剤が複数あるのです。本研究の成果は、これらALK阻害剤が、全く新しい抗肥満薬として使える可能性を示しているわけです。食べても太らなくする効果が生み出す生活習慣病予防という大きな医学的インパクト、そしてもちろんそのマーケットの大きさを考えても、すでにいろいろな動きがあるのだろうなと思います。今後のニュースにも注目していきたいと考えています。

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