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癌幹細胞とニッチ ―IL-33とTGF-βのシグナル・ループ―

さまざまな成体組織の内部には「自己複製能」と「分化多能性」をもつ細胞集団、すなわち組織幹細胞が存在するとされます。そして組織幹細胞が適切なタイミングで増殖・分化のプログラムを遂行するには、近傍にある周囲環境からの適切な情報が必要です。このように、幹細胞を支える微小環境のことを「幹細胞ニッチ」と呼ぶことはご存知でしょう。

腫瘍始原細胞(Tumor-initiating cells; TICs)あるいは癌幹細胞は、この組織幹細胞のコンセプトに似て、「自己複製能」と「腫瘍を構成する多様な系譜細胞への分化能」をもつ細胞です。例えば固形がんの進展を例にとると、局所で発生したTICが時間をかけて自己複製を繰り返し、かつ周囲へ浸潤し、増大する腫瘍の構成細胞供給源になると考えられています。さて、それまで正常な組織を構成してきた非腫瘍細胞の立場にたって考えると、TICが出現し、これに派生する腫瘍細胞が無秩序に勢力を拡大する状況は、許しがたいものに違いありません。そう考えると、TIC側の戦略としては、腫瘍発生の初期から自分たち腫瘍細胞が順調に(?)増殖を繰り返していけるよう、すなわち自分たちに好都合となるように、周囲の微小環境を積極的に変える仕組みを備えているものと考えられます。しかしながらそのようなメカニズム、言い換えればTICが周囲微小環境に働きかけ、いかに「TICニッチ」を構築していくかのメカニズムについては、詳しくわかっていたわけではないのです。

このような背景のもと、皮膚扁平上皮癌(Squamous cell carcinoma; SCC)のマウスモデルを用いて解析を進め、TICが自身のためにニッチを構築する新しい機構を発見した論文が発表されました。筆頭著者はSachiko Taniguchiさん、責任著者はNaoki Oshimori先生で、米国オレゴン大学のグループによる本論文は、2020年7月17日、Science誌に掲載されました。

Tumor-initiating cells establish an IL-33-TGF-β niche signaling loop to promote cancer progression

Sachiko Taniguchi, Ajit Elhance, Avery Van Duzer, Sushil Kumar, Justin J. Leitenberger, Naoki Oshimori

Science. 369(6501): eaay1813. 2020

本研究では、腫瘍始原細胞(TIC)の挙動や、TICと微小環境との相互関係を解析するために、遺伝子改変マウスをベースとした独自の皮膚扁平上皮癌(SCC)モデルを用いました。このSCCマウスモデルはある改変遺伝子をもち、しかも母体内での発生過程に子宮内の羊膜腔にウイルスベクターの注入を受けることにより、体表近い表皮細胞だけにさらなる遺伝子変化が誘導されるモデルです。これにより、生後にある薬剤(Dox)を服用させることで、表皮細胞で癌遺伝子が作動し、SCCが形成されることになるのです。

このSCCモデルでは、過去の研究で、形成される腫瘍内のTICとして、TGF-βというサイトカインに応答する細胞(TGF-β応答細胞)集団が重要だとわかっていました。そこで本研究では、TGF-β応答TICが、周囲のニッチ細胞にどのように作用するのかを調べたのです。

研究チームはまず、このSCCモデルのTGF-β応答TIC集団を単離し、これらに強く発現するサイトカインを調べました。その結果、TGF-β応答TIC細胞が、非応答細胞に比べ、インターロイキン33IL-33)というサイトカインを強く発現することがわかったのです。

損傷を受けた細胞や死にゆく細胞は、さまざまな因子を放出し他の細胞にこれを知らしめることで免疫反応を活性化するとされています。こうして放出される因子をアラーミンと呼びますが、IL-33はアラーミンとして知られている分子のひとつであり、通常は細胞核内に貯蔵されることが知られています。

研究チームは、決して死にかけているわけではないTIC集団において、IL-33が強く発現していることに着目し、その役割を詳細に調べたのです。その結果、TICにおけるIL-33は、細胞損傷や細胞死により誘導されるのではなく、酸化ストレスで活性化されるNRF2分子の作用で発現することがわかったのです。

では、TICから分泌されるIL-33はどのような役割をもつのでしょうか。このことを調べるために研究チームは、このSCCモデルの腫瘍細胞におけるIL-33遺伝子発現を抑えた場合に何が見られるかを調べました。その結果、IL-33ノックダウンにより腫瘍が小さくなること、そして腫瘍の性質も悪性度の低い分化型癌になることもわかりました。さらに大変面白いこともわかりました。すなわち、IL-33をノックダウンした腫瘍では、TGF-β応答TICが著明に減少していたというのです。混乱を避けるためにもう一度書きますが、腫瘍内のTGF-β応答TICにおいて高い発現が見られるIL-33を見出し、その役割を知るためにIL-33をノックダウンしたところ、TGF-β応答TIC自身が減ってしまったというのです。

研究チームは、ある種の免疫細胞がこのプロセスに関与することを突き止めました。まず、TGF-β応答TICの近傍に、IgE抗体の受容体としてはたらく FcεRIα という分子を発現する免疫系細胞が豊富に存在することを見出したのです。そして研究チームは、このFcεRIα発現細胞が、IL-33の作用で分化誘導されるM2マクロファージと呼ばれる免疫細胞集団であること、そしてこれらM2マクロファージがTGF-βを産生することを明らかにしたのです。

簡潔にまとめましょう。まず、発生した腫瘍内でTICとして機能する細胞が、NRF2という分子の機能を介してIL-33を分泌します。そうすると、ある種の免疫細胞が、このIL-33の作用により、M2マクロファージに分化し、TGF-βを産生するようになるのです。そしてこのTGF-βがTICを維持するとともに、侵襲性の高い腫瘍の増大に関わるというのです。

詳細は示しませんが、チームの数多くの実験により、この仮説の各ステップを裏付けるデータが示されています。そしてこれらは最終的に、SCCモデルマウス個体内でも確認されました。つまり、腫瘍内TICの周辺に分布するFcεRIα陽性M2マクロファージを実験的に除去すること、侵襲性腫瘍の増大が抑制されることが示されたのです。

研究チームは、TICと周囲の微小環境間の相互作用を、「IL-33-TGF-βシグナル・ループ」、または「IL-33-TGF-β フィードフォワード・ループ」と呼んでいます。腫瘍細胞、中でもTICが、腫瘍増大のために免疫細胞の協力をとりつけて相互作用シグナル・ループを構築し、微小環境を改変していく戦略は、とても巧妙なものですよね。腫瘍の種類によって異なるのかもしれませんが、少なくともその一例として詳細な分子機構までを明らかに示したものとして、本研究は大変面白いなぁと思いました。

また実際、このシグナル・ループを構築しているヒト皮膚癌の存在も示唆されるとのことですので、癌細胞そのものの排除を目指した治療に加え、IL-33分子を標的とする治療、さらにはTGF-βを産生するM2マクロファージを標的とする治療なども、今後有効で新しい皮膚癌治療オプションとなるのかもしれません。今後の研究にも注目していきたいと思いました。

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