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神経オシレーション、プロラクチン、MPOA、そして父親の養育行動

まだ父親となっていないオスのマウスは、小さなマウスに対して攻撃的態度を示します。しかしひとたび父親になると、子の養育をおこなうようになります。父性の目覚めとも言えるでしょう。このようなオスの養育行動には、プロラクチンというホルモンが関わることや、脳の特別な領域が関与することなどが知られてきました。ただ、そのしくみの詳細については、あまり詳しいことはわかっていませんでした。

最近、視床下部のドーパミン神経興奮で調節を受ける下垂体でのプロラクチン分泌、そして内側視索前野MPOA)という脳領域へのプロラクチンの作用、という一連の回路が、オスの養育行動に関わることを示す研究成果が報告されました。スウェーデンのカロリンスカ研究所を中心としたこの研究グループは、視床下部と下垂体をつなぐ隆起漏斗路ドーパミン神経TIDA)の興奮に影響を受けるオスの養育行動を詳しく調べたのです。この研究は、2020年8月6日にCell誌にオンライン公表されました。論文の筆頭著者はStefanos Stagkourakisさん、責任著者は筆頭著者でもあるStefanos StagkourakisさんとChristian Broberger先生のふたりです。

A Neuro-hormonal Circuit for Paternal Behavior Controlled by a Hypothalamic Network Oscillation

Stefanos Stagkourakis, Kristina O. Smiley, Paul Williams, Sarah Kakadellis, Katharina Ziegler, Joanne Bakker, Rosemary S.E. Brown, Tibor Harkany, David R. Grattan, Christian Broberger

Cell 182: 960-975: 2020(Published Online: August 06, 2020)

オスの養育行動は、同じげっ歯類なのにラットとマウスでずいぶん違うのだそうです。ラットのオスは子の世話をすることが少なく、マウスのオスとは正反対なのだそうです。もちろんマウスにおいては、交尾未経験のオスは養育行動を示しませんが、ひとたび父親となると、ラットと比べ大変よく子の世話をすることが知られているのです。

研究チームは以前、視床下部と下垂体を結び、下垂体前葉でのプロラクチン分泌抑制にはたらく隆起漏斗路ドーパミン(tuberoinfundibular dopamine: TIDA神経についての研究をおこないました。そして、TIDA神経の興奮様式が、同じげっ歯類であるラットとマウスのオスで大きく異なることを発見したのです。つまり、ラットではTIDA神経が遅いオシレーションを示すのに対し、マウスではより速いオシレーションを示すことを見出したのです(Stagkourakis et al., Elife 2018)。

研究チームは、プロラクチンがそもそも養育行動にも関わるホルモンであるということに着目し、今回の研究では、ラットとマウスのオス間でTIDA神経オシレーションが異なることが、何らかのプロラクチン調節の違いを生み出し、この二者で異なるとされる養育行動に影響するのではないかと考えたのです。

神経細胞は、興奮伝達のために多彩な周期的振動現象を示すことが知られます。このような神経オシレーションは、脳スライスを用いるなどして、局所電位変化を計測してとらえることができます。本研究チームは、この方法を用いることにより、オスのラットのTIDA神経は遅いオシレーションを示すのに対し、オスのマウスのそれは速いオシレーションを示すことを見出したのです(01)。

研究チームは、TIDA神経オシレーションの違いがドーパミン分泌にどういう違いを生じるかを光遺伝学的手法で調べました(02)。この結果、ラットと同様の遅いオシレーションではドーパミン放出が高まるのに対し、マウスのような速いオシレーションではドーパミン放出が低くなることがわかりました。

TIDA神経が放出するドーパミンは、下垂体前葉でのプロラクチン分泌を抑制します。そこで、実際にプロラクチン分泌がどうなるかを確認した結果、マウスではラットに比べ、血中プロラクチン濃度が数倍高いことが確認されました。したがって、オシレーションの周波数で変化するドーパミン放出が、実際に血中プロラクチン量を調節している可能性がますます考えられたわけです。

過去の研究で、父親マウスの養育行動に、視床下部前方の内側視索前野MPOA)が関わることが示されています。そこでこの領域を調べた結果、この領域内でガラニンという神経ペプチドを産生する細胞群MPOA GAL+細胞)が、プロラクチン刺激に応答し興奮する集団であることが判明しました(03)。

研究チームは、ラットとマウスでオスの養育行動が異なるとされていることを再検証するため、いわゆるリトリーバル試験もおこないました。げっ歯類の養育行動は巣作り(nesting)、そこへの仔の運び込み(retrieving)、仔にまたがって温める行動(crouching)、仔を舐めて綺麗にする行動(grooming)などで評価できます。この実験の結果、やはりオスのラットはマウスに比較し養育行動が少ないことが再確認できました。

ここで一度整理しましょう。本研究では、オスのラットはマウスに比べ、1) TIDA神経オシレーションが遅くドーパミン放出量が多いこと、2) 下垂体前葉でのプロラクチン産生が低いこと、3) リトリーバル試験でみる養育行動が少ないことを示しました。また、4) プロラクチンはMPOAのガラニン発現ニューロン(MPOA GAL+細胞)を活性化することも示しました。

ではここに示した各々の現象は、順次段階的に進行し、養育行動を調節する一連のプロセスなのでしょうか。研究チームは、これらのことを調べました。

まず、オスのラットにプロラクチンを投与したところ、血中プロラクチンの濃度上昇に続き、脳MPOAの細胞活性化が見られました。しかも、プロラクチンを投与されたオスのラットは、リトリーバル試験においてcrouchingやgroomingで明らかに高いスコアを示したのです。この結果は、もともと養育行動が少ないオスのラットにおいて、プロラクチンとそのMPOAへの作用が養育行動を高めうることを明瞭に示しています。

逆に、遺伝子操作を加えてMPOAのプロラクチン受容体を欠失したオスマウスを作成しました。これをメスマウスと交配し、父親となったのを確認した後、先と同様のリトリーバル試験をおこないました。その結果、これらオスマウスの養育行動が低下することがわかり、MPOAにおけるプロラクチンの作用が養育行動に重要であることが確認できたのです。

さらに研究チームは、TIDA神経細胞興奮に始まる一連の脳活動が養育行動に重要かをマウス実験で確認しました。このために研究チームは、再び光遺伝学的手法を用いて、異なる周波数(頻度)で神経活性化をコントロールする実験系を構築したのです。この結果、TIDA神経にラットくらいの遅いオシレーションを発生させると、血中プロラクチンは低値を示し、リトリーバル試験では養育行動の障害を呈しました。逆に速いオシレーションを発生させると、オスのマウスは、そもそもと変わらないレベルのプロラクチン値を示し、養育行動にも変化がありませんでした

再度整理しましょう。本研究の後半では、もともと養育行動の少ないオスのラットにプロラクチンを投与する実験、逆に養育行動の多いオスのマウスのMPOAでのプロラクチン受容体を欠失させる実験、さらにはTIDA神経オシレーションをオプトジェネティクスで制御するマウス実験をおこないました。そしてその結果、TIDA神経のオシレーションの違いがドーパミン放出量の違いを介して下垂体前葉でのプロラクチン産生に関わること、そしてこのプロラクチンのMPOA神経への作用が、ラットやマウスの養育行動に強く関わっていることを明らかにしたのです。

プロラクチンが父親の養育行動に関与することは知られていました。本研究ではこれに加え、TIDA神経オシレーションが下垂体前葉におけるプロラクチン分泌の上位調節機構となっていること、それからプロラクチンがMPOAでのGAL+ニューロンを含む細胞を活性化することを明瞭にしたのです。

通常養育行動を示さないオスのラットが、プロラクチンを投与すると仔を口にくわえて運び込み(retrieving)をする動画データは、興味深く思いました。もちろん、このような実験で評価する養育行動は、メスの養育行動と同様に評価するわけであり、いわゆる人間社会で「母性」と異なる意味で語られる「父性」と同義ではないでしょう。ただ、父親が子に示す行動が、間違いなくこのように物質の作用で変換可能であるとの事実は、やっぱり面白いと思います。

補足

01:脳スライスを用いた局所電位変化の計測により、オスのラットのTIDA神経は0.17 Hz(ヘルツ)程度の遅いオシレーションを示すのに対し、オスのマウスのそれは0.45 Hzの速いオシレーションを示すことを見出しました。

02:光により細胞を活性化できるチャネルロドプシン蛋白をTIDA神経細胞だけに発現させ、異なる周波数(頻度)で光を当てたのです。

03:内側視索前野(MPOA)領域において、ガラニンという神経ペプチドを産生する細胞群が、特に養育行動に関与する可能性が指摘されていました。そこでチームは、内側視索前野(MPOA)内のガラニン産生ニューロンが、プロラクチンに応答する細胞集団であるかを、全細胞パッチクランプ法で調べたのです。

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