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脳のCD4 T細胞はミクログリアの成熟を促す

脳は、他臓器と比較すると、いろいろなレベルで全身循環から隔てられた状況にあると考えられています。血液中のさまざまな分子の脳移行は血液脳関門において厳密に調節されています。また細胞レベルでは、たとえばT細胞などの免疫細胞が脳実質に移行し滞在できるかについては、これを疑問視する考えもあったのです。どういうことかと言うと、T細胞が脳に分布するとした過去の研究について、実験操作上そのように見えただけであり、実際には正常な脳の実質にT細胞は分布しないのではないかとする議論もあったのです。

そのような中、正常な状態の脳組織に一定数のT細胞が存在することを明瞭に示し、しかもこれらT細胞が脳で大切な働きを担うとする研究が報告されました。そもそも脳には神経細胞以外にも複数種の細胞が存在します。これら非神経細胞の中でもミクログリアと呼ばれる細胞集団が胎児型から成体型に成熟する際に、脳実質に存在するT細胞が深く関わるというのです。

T細胞の脳内分布を明瞭に示し、これら細胞が中枢神経組織の発達と成熟に関わることを示した本研究は、2020年7月22日、Cell誌において発表されました。筆頭著者はEmanuela Pasciutoさん、Oliver T. Burtonさん、Carlos P. Rocaさんの3人、責任著者はAdrian Liston先生で、ベルギーのルーヴェン大学と英国ケンブリッジのバブラハム研究所の共同研究の成果です。

Microglia require CD4 T cells to complete the fetal-to-adult transition

Emanuela Pasciuto, Oliver T. Burton, Carlos P. Roca, Vasiliki Lagou, Wenson D. Rajan, Tom Theys, Renzo Mancuso, Raul Y. Tito, Lubna Kouser, Zsuzsanna Callaerts-Vegh, Alerie G. de la Fuente, Teresa Prezzemolo, Loriana G. Mascali, Aleksandra Brajic, Carly E. Whyte, Lidia Yshii, Anna Martinez-Muriana, Michelle Naughton, Andrew Young, Alena Moudra, Pierre Lemaitre, Suresh Poovathingal, Jeroen Raes, Bart De Strooper, Denise C. Fitzgerald, James Dooley, Adrian Liston

Cell 2020

本研究ではまず、脳組織内にCD4 T細胞が分布することを、共焦点イメージングによる局在解析およびフローサイトメトリー法で詳細に調べました。いずれの方法でも、脳内に血管内T細胞が紛れてしまうことを防ぐため、血管内灌流を施行した後に脳組織を回収しています。共焦点イメージングでは、血管や髄膜から距離をおく脳実質内にCD4 T細胞が局在することがわかり、またフローサイトメトリーでもこのことが確認できました。定量的には、成体マウス脳あたりおよそ2000のCD4 T細胞が脳内に存在すること、そしてこのうち約150細胞程度がCD4陽性(CD4+)Foxp3陽性(Foxp3+)の制御性T細胞であることがわかりました。

脳内CD4 T細胞をより詳細に解析したところ、CD4+でFoxp3陰性(CD4+ Foxp3-)の通常型T細胞も、CD4+ Foxp3+の制御性T細胞も、血液中のCD4+ Foxp3- T細胞やCD4+ Foxp3+ T細胞とはいくつかの点、つまりCD69の分子発現が高く活性化マーカーが発現するなどの点で異なる集団であることが示されました。

研究チームはさらに、手術で得られるヒト脳検体を解析し、マウスと同様にヒト脳内にも通常型および制御性両タイプのCD4 T細胞が存在すること、そしてこれらがCD69や活性化マーカーを強く発現する細胞であることも見出しました。

チームは次に、脳内CD4 T細胞の動態を調べるために、パラビオーシスと呼ばれる手法を用いました。この方法は、2匹のマウスの体表を手術で結合することにより、体液や循環細胞が時間経過とともに両マウスに共有されるモデルです。CD4 T細胞がどちら由来か識別できる遺伝子をもつ2匹のマウスを結合し、時間をおいて調べることにより、CD4 T細胞が他方の血液や脳に分布していく様子を知ることができるわけです。

面白いことに、血液中CD4 T細胞を見てみると、数日で2匹のマウスのCD4 T細胞が半分くらいずつを占めるのに対し、脳でこの状態になるにはもっと日数が必要だと判明しました。このことは、脳内におけるCD4 T細胞の組織滞留時間が長く、血中で見られるほど簡単には入れ替えが生じないことを意味します。研究チームの詳細な解析により、CD4+ CD69- T細胞の脳内滞留時間が2-3週間、CD4+ CD69+ T細胞では約7週間になることが明らかになりました。

研究チームは確率モデル(マルコフ連鎖モデル)を適用し、活性型CD4 T細胞が非活性型のものより脳内移行しやすいこと、そして脳内移行した活性化型CD4 T細胞のうちごく一部が脳内でCD69-からCD69+に変化すること、そしてCD69+へと変化したCD4 T細胞が長い滞留時間を示すこと、を提示しました。そして、脳移行前に活性化したCD4 T細胞が非活性型よりも脳内移行しやすいとの仮説については、実験で検証もおこなっています。すなわち脳内CD4 T細胞、特にCD4+ Foxp3-の通常型T細胞の数は、腸内細菌が豊富であるほど数が増えることを示したのです。このことは、腸内細菌の抗原刺激を受け、脳移行前に活性化を受けた通常型CD4 T細胞が、脳へと移行し、最終的に脳内に長時間滞留するT細胞のソースとなっている可能性を示しているのです。

では脳内CD4 T細胞は一体何をしているのでしょうか。この検討のため、CD4 T細胞が存在しないMHC II ノックアウト(KO)マウスの脳を、正常なマウスの脳と比較し解析したのです。

結論から書くと、脳内CD4 T細胞はミクログリアの成熟に重要であることがわかりました。ミクログリアは脳脊髄内における非神経細胞の一つであり、神経障害の際に障害部位へ遊走し、死細胞を貪食したり炎症関連因子を産生するなど、免疫細胞として機能することが知られます。またミクログリアは、神経細胞シナプス部のpruning刈り込み)作用に関与し神経回路調節、特に脳発達期における神経回路形成に関わるのです。

発現遺伝子プロファイルを比較解析した結果、CD4 T細胞を欠くMHC II KOマウスのミクログリア細胞は、正常の成体マウスと異なり、胎児期相当の未熟なミクログリア型遺伝子発現パターンを示しました。つまり、CD4 T細胞が脳内で共存することにより、胎児型から成熟型ミクログリアへの分化が促進される可能性を示しているわけです。

また、MHC II KOマウスのミクログリアがシナプス部でのpruning機能障害を示すこともわかりました。シナプスpruning異常で生じるシナプス密度の変化は、さまざまな神経疾患の病態と関与します。そこでチームは、シナプスpruning障害を示すMHC II KOマウスに行動異常が認められるかを調べました。その結果、MHC II KOマウスは、オープン・フィールド・テストで活動性低下を示し、明暗箱試験で強い不安を示しました。また、MHC II KOマウスは、強制水泳試験でうつ様症状を呈し、さらに恐怖条件付けや迷路試験ではコンテクスト学習や空間学習の障害を示すことがわかったのです。

整理すると、本研究では、脳組織内にCD4 T細胞集団が明らかに存在すること、そしてこれらT細胞の多くは脳移行前に腸内細菌抗原などで活性化を受けたCD4 T細胞由来であること、さらにこれら脳内CD4 T細胞が無いとミクログリアが未成熟にとどまり、シナプスpruning機能の障害を生じ、行動にも異常をきたすことを示したわけです。

CD4 T細胞が脳の機能発達に影響を与えるとの研究、面白いですよね。今後は、CD4 T細胞がどのような仕組みでミクログリアに作用を及ぼすのかについての研究も進むのでしょう。

また、ナイーブな細胞ではなく、抗原刺激を受けたCD4 T細胞が脳内移行することも面白いですよね。他組織より隔絶された状況にあると考えられてきた脳組織に、全身でのT細胞活性化情報を伝達する仕組みとなっている可能性を示しているからです。論文のディスカッションにもあるように、このCD4 T細胞の脳移行によって腸内細菌の質や量などの情報が脳に提供されているのならば、脳機能が間接的に腸内細菌の影響を受ける重要な経路なのかもしれないですよね。

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