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腸内細菌が作る没食子酸は変異p53に作用し大腸がん発生を促進する

はじめに

今回は、大腸がん発生のしくみに関する興味深い研究について書いてみます。研究として純粋に面白いのに加え、臨床的視点に立っても重要な研究なのではないかと思います。

ある特定の状況には限られますが、大腸がんの発生に腸内細菌が産生する物質、没食子酸もっしょくしさん)が関わる可能性があるというのです。没食子酸は芳香族カルボン酸のひとつ、3,4,5-トリヒドロキシ安息香酸の別名で、英語ではgallic acidと呼ばれる有機化合物です。

最初に少し背景を説明します。 ヒト大腸がんが発生するのには、通常長い年月がかかるとされています。細胞内の単一の遺伝子変異でがんが生じるのではなく、複数の遺伝子が多段階に変異を受け、これによる細胞変化の蓄積の結果、ようやくがんが発生するのです。ただ、そうは言っても、この中で特にこういう細胞性質の変化、あるいはこういう遺伝子変異が起こると、大腸がん化が著しく進むと知られるものがいくつかあります。そのうちのふたつ、「Wntシグナル」と「p53」が今回の中心テーマです。

大腸発がん、Wntシグナル、p53

ひとつ目はWntシグナルです。Wntは「ウィント」と読みます。何らかの細胞がWnt分子を分泌し、これが大腸細胞に作用すると、細胞分裂のための一連のプログラムが作動します。こうしてWnt刺激で大腸細胞内に生じる細胞増殖のための情報伝達を、Wntシグナルと呼ぶのです。多くのヒト大腸がんで、Wntシグナルが異常に活性化していることが知られています。Wntシグナル関連のどの分子にどういう変異が生じるかは、個々の大腸がんで違ってよいのですが、いずれにせよ最終的にTCF-4という転写因子が強く活性化され、細胞増殖に向けた遺伝子群の発現が誘導されるのです。言い換えると、多くの大腸がんでは、実際は細胞外からのWnt作用がないにもかかわらず、まるでWntが作用したかのような情報伝達がONとなり、連続的そして恒常的に細胞増殖が進むというわけです。

ふたつ目のp53遺伝子は、大腸がんに限らず、多くのヒトがん細胞で変異が見られる代表的ながん抑制遺伝子です。別名で”guardian of the genome (ゲノムの守護神)”とも呼ばれます。また、ずいぶん昔になりますが、1993年には、Science誌が選ぶ”molecule of the year”にも選ばれたくらい有名な分子です。話はそれますが、science誌に以前、そんな企画があったというのも面白いですよね。ちなみに、 ”molecule of the year” は、今のscience誌が毎年末に発表する ”breakthrough of the year” の前身とされているようです。

話を戻しましょう。p53がん抑制遺伝子です。変異のない正常型(野生型)のp53は、たとえば細胞にDNA損傷やさまざまなストレスが生じると誘導され、核内で転写因子として働きます。その結果、細胞周期の停止、DNA修復、あるいはアポトーシス(細胞死)誘導に関わる標的遺伝子群の発現が誘導されるのです。言い換えると野生型p53は、がん化リスクのある細胞の増殖を停止させ、DNA修復を促進してゲノム変異が生じるのを抑え、それでも修復しきれない場合にはアポトーシスを引き起こして細胞を排除し、細胞がん化を防いでいるのです。実際に、遺伝的にp53変異をもつヒトは、多臓器にがんが生じることが知られます(Li-Fraumeni症候群)。また、p53遺伝子を喪失させたマウスでも、生後早い時期から高い頻度でがん発生が見られるのです。

ただし、ヒトのさまざまながんに検出されるp53変異は多彩であり、各々の変異のタイプと細胞がん化の関係は少し複雑です。p53はがん抑制遺伝子ですから、両アレルで変異が生じ、がん抑制機能の喪失(loss of function)が生じる場合には、がんの表現型が現れることは理解しやすいでしょう。しかしながらp53変異のタイプによっては、正常p53機能を抑制してしまうドミナント・ネガティブ変異に加え、新しい機能を獲得(gain of function)することで細胞がん化に寄与するケースがあることも知られているのです。そして、ヒト大腸がんに高頻度で検出されるp53変異のタイプのうち、機能獲得型の変異p53に関しては、いまだその機能が不明なものも多いのです。

変異p53による大腸がん化と没食子酸

ヒト大腸がんで高頻度に認められるp53の変異のひとつにR175H (175番のアルギニンRがヒスチジンHに変異したもの)があります。この変異は、マウスp53ではR172H変異と同等です。ごく最近、このタイプの変異p53がもつ分子機能を調べ、驚くべき発見に至った研究が発表されました。この変異p53は基本的に、野生型p53とは異なる経路でがん抑制機能をもつのですが、腸内細菌が産生する没食子酸が存在する状況では、機能を転じて発がん促進にはたらくというのです。たいへん興味深い本研究成果を示した論文の筆頭著者はEliran Kadosh,さん、責任著者はYinon Ben-Neriah先生です。イスラエルのヘブライ大学を中心としたこの国際共同研究成果は、2020年7月29日に、Nature誌に発表されました。

The gut microbiome switches mutant p53 from tumour-suppressive to oncogenic

Eliran Kadosh, Irit Snir-Alkalay, Avanthika Venkatachalam, Shahaf May, Audrey Lasry, Ela Elyada, Adar Zinger, Maya Shaham, Gitit Vaalani, Marco Mernberger, Thorsten Stiewe, Eli Pikarsky, Moshe Oren & Yinon Ben-Neriah

Nature (2020)

先に書いたように、本研究ではヒト大腸がんに見られるR175H変異p53と、これに相当するマウスR172H変異p53について調べています。繰り返し表記を避けるため、本稿ではこれらを単に「変異p53」とし、比較対照となる正常の「野生型」やp53を完全喪失した「欠失型」と区別することとします。

研究チームはまず、よく知られる2つの腸腫瘍マウスモデルにさらに変異p53を組み合わせて発現させ、その後の変化を調べました。

ひとつ目は腸上皮CK1a欠失マウスで、本研究チームが過去に作成した腸腫瘍モデルです。詳細は省きますが、腸でCK1a(カゼインキナーゼ1a)を欠失させることで細胞内Wntシグナルが亢進し、小腸と大腸を含む腸全体で腫瘍が発生するモデルです。このモデルでは、野生型p53が強く発現し、がん抑制に働こうとする仕組みが作動することもわかっています。したがってたとえば、CK1a欠失に加え、p53も同時に欠失させると、腫瘍細胞の異形度が高まり、細胞増殖がさらに亢進します。

では、CK1a欠失に変異p53を上乗せするとどうなるのでしょう? 結論を書くと、とても奇妙な現象が生じるのです。CK1a欠失プラス変異p53マウスでは、CK1a単独欠失の場合と比較し、大腸においては細胞増殖が亢進し、腫瘍が悪化する一方で、小腸においては腫瘍の組織学的改善を示したのです。つまり、腸の異なる場所によって変異p53が異なる作用を示したというのです。

ふたつ目の腸腫瘍モデル、APCminマウスにおいてもこの現象、すなわち「腸の場所による変異p53作用の違い」が再現されました。APCminマウスはCK1a欠失とは異なる機序を介しますが、結果的にWntシグナルが亢進し、腸腫瘍が生じるモデルです。このAPCminマウスに変異p53を導入した場合にも、大腸における腫瘍形成が悪化する一方、小腸では改善する現象が見られたのです。

研究チームは、この不思議な現象のメカニズムを知るため、変異p53の機能を詳しく調べました。そしてその結果、マウス小腸において変異p53が「亢進したWntシグナルを抑制する」ことを見出したのです。つまり変異p53は、野生型p53機能とは無関係の新たな機能を獲得し、その作用でWntシグナルを調節するというのです。さらに面白いことに、マウス大腸細胞では全く逆の結果、つまりCK1a欠失プラス変異p53マウスの大腸細胞が、CK1a欠失のみの大腸細胞に比べてより亢進したWntシグナルを示すこともわかりました。しかも、変異p53がWntシグナルを抑制(小腸)したり、増強(大腸)したりする仕組みとしては、細胞核内でのTCF-4と標的遺伝子結合の調節が関わることもわかりました。

研究チームは次に、オルガノイドと呼ばれる状態で腸細胞を培養する手法を用い実験しました。CK1aとp53の両者を欠失したマウスの小腸オルガノイドは、Wntシグナルが高活性となることを反映し、著しい増殖を示します。ところが、CK1a欠失プラス変異p53の小腸オルガノイドでは、Wntシグナルが抑制され、増殖活性が低くなるのです。これはマウスの小腸組織で、変異p53が亢進したWntシグナルを抑制する現象と似ていますよね。ただ、たいへん不思議なことに、他の部位の腸オルガノイドで同じ実験をおこなっても、マウス大腸細胞で見られたような変異p53、Wntシグナルを増強する現象は見られなかったというのです。

ここで一度整理しましょう。腸細胞でWntシグナルを強く活性化させると細胞増殖が亢進し、細胞がん化に向かいます。これに上乗せするかたちで変異p53の機能を調べたところ、マウス小腸組織ではWntシグナルを低下させるのに対し、大腸組織では逆に亢進させるのです。また、細胞を体外に取り出してオルガノイド培養した場合には、いずれの腸細胞でも変異p53はWntシグナルを抑制するのです。

一見奇妙なこの現象はどのように説明することができるでしょうか。研究チームはここで、外的条件を排除したオルガノイド培養で変異p53が示した機能、つまりWntシグナル抑制が変異p53の本質的機能であると仮説を立てました。そして、この機能がマウス小腸組織で見られたのだろうと考えたのです。一方、何らかのプラスアルファの理由で、マウス大腸組織では、この機能が全く逆、すなわちWntシグナル亢進に変換されるのではないかとしたのです。このようなアイデアに基づいて、研究チームはここに腸内細菌が関わる可能性を考えました。なぜならば、腸内細菌はオルガノイド培養には持ち込まれない点、小腸組織にも少ない点、しかしながら大腸組織に豊富に存在する点で上記を説明可能だからです。

結論を書くと、この後の実験で、この仮説を支持する結果が複数得られました。CK1a欠失プラス変異p53マウスに抗生物質を投与し腸内細菌を除去したところ、変異p53の作用により大腸腫瘍で悪化した組織学的所見が改善し、Wnt活性や細胞増殖が軽減したのです。

チームはさらに、腸内細菌が大腸で変異p53の作用を変えるしくみとして、腸内細菌が分泌する代謝物質の関与の可能性を考えました。そして、スクリーニングの結果、没食子酸(もっしょくしさん)がこの作用をもつことを見出したのです。最初に書いたように、没食子酸は3,4,5-トリヒドロキシ安息香酸のことで、gallic acidと呼ばれます。没食子酸を、CK1a欠失プラス変異p53マウス由来の腸オルガノイド培養に加えると、Wntシグナルが増強し細胞増殖が亢進しました。つまり、腸内細菌を含まないオルガノイド実験システムにおいても、没食子酸の添加のみで、マウス大腸でみられるように、腫瘍細胞の増殖が高まったわけです。

没食子酸の重要性は、生体内でも確認されました。CK1a欠失プラス変異p53マウスに没食子酸を経口投与すると、もともと腸内細菌が少なく、したがって没食子酸が少ない小腸であっても、細胞増殖が亢進し、組織学的にも腫瘍が悪化するなど、変異p53がWntのさらなる活性化を生じたことが示されました。

また、抗生物質で腸内細菌を除去し、一旦腫瘍細胞増殖を軽減させたCK1a欠失プラス変異p53マウスに、今度は没食子酸を投与すると、再び細胞増殖亢進や組織学的悪化が確認されたのです。

おわりに

本研究では、ヒトR175H変異p53およびマウスR172H変異p53について調べ、この変異p53がWnt抑制作用をもつこと、しかしながら没食子酸が存在すると逆の作用、すなわちWnt亢進とがん化促進作用をもつことを示しました。分子メカニズムの詳細は不明ですが、変異p53が外的因子により真逆の方向へ機能調節されることを示した点で、たいへん面白い成果だと思います。

同時に本研究は、臨床的にも大切な情報を提示していると思います。今回調べられた特定の変異p53が存在する場合において、という条件がつくものの、腸内細菌が産生する物質が大腸癌発生を促進する可能性を示したわけですから、今後の研究の進展によっては、このしくみをブロックする大腸癌予防、あるいは治療の考えが出てくることでしょう。

没食子酸は、腸内細菌の中でもラクトバチルス・プランタルム枯草菌が産生するようです。したがって、今後の研究で没食子酸と大腸がん化の関係がより明らかになるようであれば、これら特定の腸内細菌を選択的に除去することに加え、没食子酸合成を阻害すること、あるいは没食子酸をブロックすることなどが、大腸がん予防および治療戦略として考慮されるのかもしれません。没食子酸はまた、食料品や飲料品に含まれるほか、食品添加物としても使用されるようですので、このようなことに注意をはらう必要がでてくるのかもしれません。今後の研究の進展に注目していきたいと思います。

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