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血液脳関門って何? 年齢でその働きが変わるという最新研究は?

血液脳関門(Blood-Brain Barrier)

血液脳関門って知っていますか。英語ではBlood-Brain Barrierと表され、略してBBBと呼ばれます。「関門」というと、何か特定の場所にある特別な構造のように思われがちですが、そうではなく、BBBは脳の血管で広く機能する「血液と脳での物質交換を制御するしくみ」全体を指すのです。

そもそもどんな組織も血液と物質交換をするわけで、どうして脳だけ特別に扱うのか疑問に思うかもしれません。ただ、古い研究で、ある組織染色液を静脈から全身に注入すると、他は綺麗に染まるのに中枢神経だけが染まらないことなどが示されて以来、脳・脊髄は他と違う仕組みで血管と隔てられている、すなわち両者の間に関門として働く仕組みがあるとされてきたわけです。

血管の内側には血管内皮細胞があります(上図)。血管-組織間の物質交換の多くは内皮細胞を通して行われます。内皮細胞は、血液中の必要な物質を選択して組織へ運び、逆に組織で産生された物質をきちんと血中に排出するための仕組みをもっているのです。

中でも特に脳の血管内皮細胞は、このような物質交換のための巧妙で厳密な調節機構を持っているというわけです。たとえば脳には、ペリサイト周皮細胞)とアストロサイトと呼ばれる細胞があり、血管内皮細胞を囲むように外側から支えています(上図)。これらの細胞は、相互に情報のやり取りをすることで、血管内皮細胞が担う物質交換を調節し、したがってBBB機能を制御することが知られているのです。

BBBにより、脳が血液との物質交換に関する高度な制限を有することは、血中に含まれる病原性物質が簡単に脳に移行するのを防ぐために重要です。しかし一方BBBは、治療が必要な脳疾患をもつ患者では、投与した薬が脳に到達しにくい状況の原因ともなるのです。したがって、BBBの仕組みを詳細に解明することは、脳疾患に対するドラッグデリバリー戦略を考える上でも重要なのです。

BBBについては、年齢による働きの違いも注目されてきました。たとえば、若年者ではBBBの透過性が高く、薬剤の脳内移行性が良いため、薬剤の作用や副作用が大人と違う可能性があるとされます。一方、成人のBBBが脳虚血などで障害されると,脳実質に障害をもたらす血中物質が脳内に移行しやすくなり、認知症などの脳機能障害を加速するなどの考えもあるのです。

年齢で血液脳関門の働きが変わるとの最新研究

このような状況を背景とし、新しい研究手法を用いることで、マウスBBBの働きと年齢による変化を調べた研究成果が、2020年7月1日、Nature誌に発表されました。筆頭著者はAndrew C. Yangさん、責任著者はTony Wyss-Coray先生で、米国のスタンフォード大学のグループによる研究報告です。

Physiological blood–brain transport is impaired with age by a shift in transcytosis

Andrew C. Yang, Marc Y. Stevens, Michelle B. Chen, Davis P. Lee, Daniel Stähli, David Gate, Kévin Contrepois, Winnie Chen, Tal Iram, Lichao Zhang, Ryan T. Vest, Aisling Chaney, Benoit Lehallier, Niclas Olsson, Haley du Bois, Ryan Hsieh, Haley C. Cropper, Daniela Berdnik, Lulin Li, Elizabeth Y. Wang, Gavin M. Traber, Carolyn R. Bertozzi, Jian Luo, Michael P. Snyder, Joshua E. Elias, Stephen R. Quake, Michelle L. James, Tony Wyss-Coray

Nature (2020)

これまでのBBB研究の多くは、薬物など外来性の物質を投与し、これが血液脳関門を透過する現象を見るものでした。これに対して本研究は、ユニークで新しい戦略を取りました。マウス自身の血漿タンパクを採取し、これに色々な目印をつけて追跡できるようにし、再びマウスに戻したのです。血漿タンパクとはもちろん単一タンパク質ではなく、血漿中に存在する多彩なタンパク質の集合です。つまり本研究では、限定した物質の移動でBBB機能を解析するのではなく、血中に普通に存在する多種類のタンパク質が、BBBを通して脳内移行する様子を調べることから実験を開始したのです。

標識した血漿タンパクの追跡をおこなった結果、これらが予想以上に脳内に広く分布することがわかりました。つまりBBBは、血中に存在するタンパク質群に対しては外来物質に対するほどのバリアとして機能せず、かなりの透過性を示すことがわかりました。

研究チームは、若年マウス(3ヶ月)と老年マウス(20-24ヶ月)とを比較し、血漿タンパクの脳内移行は若年マウスで有意に高く、老年マウスではおよそ半分に減ることも確認しました。ただし、血漿タンパクではなく、IgGと呼ばれる抗体タンパクを標識して投与すると、逆の結果が得られました。すなわち、抗体タンパクは若年マウスより老年マウスで脳内移行しやすいというのです。

上記の結果、つまり解析する物質群によって加齢にともなう脳内移行パターンが異なる事実は、物質群ごとにBBBを通過する仕組みが違うこと、そしてその各々の仕組みの使われ方が年齢によって異なる可能性を示唆しています。そこで研究チームは、これを詳しく調べたのです。

まず、蛍光物質で標識した血漿タンパクを注入したマウスの脳組織を採取します。そして、フローサイトメトリーでこの中から蛍光シグナルを発する細胞を単離するのです。先に述べたように、蛍光標識された血漿タンパクは一部血管内皮細胞内に含まれたままなので、このように単離された細胞は血管内皮細胞を含むわけです。チームはこれら細胞のシングルセルRNAシーケンス(single cell RNA sequence: scRNA-seq)をおこない、遺伝子発現解析をおこなったのです。scRNA-seqはmRNAの種類と多寡に基づいて細胞レベルでの発現プロファイリングをおこなう技術ですので、これにより血漿タンパクを実際に取り込んだ血管内皮細胞がどのような遺伝子発現を示しどのような特徴をもつかを評価できるのです。

詳細は省きますが、この実験データ、および以前に報告された脳血管内皮細胞の年齢変化データをあわせ解析した結果、血管内皮細胞群に発現する遺伝子で加齢により大きく変化するものがわかりました。たとえば若年マウスで高く、老年マウスで減少する遺伝子には、受容体介在性トランスサイトーシス(receptor-mediated transcytosis; RMT)という現象に関わる遺伝子が多く含まれていました。RMTは、血管内皮細胞から組織(脳実質)側への物質移動に関わる仕組みのひとつです。血中物質が血管内皮細胞表面の受容体に結合すると、その物質と受容体を包むようにして内皮細胞膜がくぼんで袋状構造となり、最終的に内皮細胞内を反対側にまで移動し、脳実質に物質を放出します。この仕組みは特定の受容体に結合するリガンドを運ぶことが多く、リガント特異的RMTとも呼ばれ、クラスリンと呼ばれる分子が関与します。したがって、若年マウスのBBBで脳内移行が高い現象には、このリガンド特異的RMTが関わることを示唆しているのです。

一方、血管内皮を介する物質輸送には、やはり物質が袋状構造に包まれ輸送されるものの、受容体が関与しないカベオラ トランスサイトーシスと呼ばれる仕組みもあります。血管内皮細胞のscRNA-seqデータ解析の結果、面白いことに、このカベオラトランスサイトーシスに関わる分子群は、加齢で増加することもわかりました。

もう一度整理すると、1) 若年マウスではBBBを介した血漿タンパク移動が活発に行なわれ、老年マウスではこれが減少する、2) 加齢によるBBB機能低下は、主としてリガント特異的RMTによる物質移動の低下を反映する、3) 一方でカベオラ トランスサイトーシスによる物質移動は、程度としては低いものの、むしろ加齢により増大する、というのです(図)。

以上のデータは、実際のマウスBBBにおいて、RMTおよびカベオラトランスサイトーシスそれぞれによる物質輸送が年齢によって変化することでも確認しました。さらに、年齢によるこのようなBBB物質輸送の変化(RMTからカベオラ トランスサイトーシスへのシフト)には、ペリサイト(周皮細胞)の減少が関わることもわかりました。

最後に研究チームは、加齢で低下するマウスBBBのRMTによる物質輸送を、人為的に回復させる方法を見つけました。脳血管内皮に発現し、加齢で発現量が増加するALPL(アルカリフォスファターゼ)分子の阻害が有効であることを発見したのです。老年マウスにALPL阻害剤を投与すると、RMTで輸送されるトランスフェリンや血漿タンパクのBBB透過が増加することが確認されたというのです。

おわりに

超高齢化社会を迎え、脳の病気の研究や治療がますます重要になると考えられています。これまで言われてきたように、加齢でBBBが破綻し、有害物質が脳実質に移行することは脳疾患の重要な病態なのでしょう。しかしながらたとえば、本研究で示された仕組み、すなわちむしろ若年では脳に移行していたのに、受容体介在性トランスサイトーシス(RMT)の低下により脳に移行しなくなる物質があるという新しい考えは、今後の脳研究にもインパクトを与えるのではないでしょうか。

さらに、ALPL阻害剤などの投与で、本当に老年者のBBBを若年者のそれのように機能回復できるのならば、さまざまな疾患治療に応用できる画期的な薬になるのかもしれません。

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