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ダイエットの大敵 『ヘドニック・ハンガー(快楽飢餓)』に関わる脳のしくみ

エネルギーや栄養補給のためではなく、快楽のために食べたいと感じる状態はヘドニック・ハンガー快楽飢餓)と呼ばれ、その仕組みが脳にあることが知られています。お腹はいっぱいなのに、脳が「おいしさ」につられ、ついつい食べ続けてしまう状況(ヘドニック・オーバーイーティング)につながるのです。摂食に関する脳の仕組みはずいぶんわかってきました。しかしながら、このように特殊な摂食行動、すなわちヘドニック・ハンガーに続く過食行動は、肥満や生活習慣病の発症に関わると考えられるものの、その脳内機構の研究が十分進んでいるわけではありません。

最近、面白い研究報告がありました。この研究では、脳のある部位のニューロンに着目して機能を調べた結果、これらが摂食や飲水行動にたいへんユニークなかたちで関与することがわかったのです。簡単に書くと、このperiLCと呼ばれる領域のニューロンが「おいしさ」に反応し摂食を続けてしまう、まさに快楽飢餓と過食に関与する可能性があるというのです。

この研究は、ハワードヒューズ医学研究所のジャネリア・リサーチキャンパス(米国)でおこなわれました。その成果は2020年8月24日、Cell誌にオンライン公表されました。論文の筆頭著者はRong Gongさん、責任著者はScott M. Sternson先生です。

Hindbrain Double-Negative Feedback Mediates Palatability-Guided Food and Water Consumption

Rong Gong, Shengjin Xu, Ann Hermundstad, Yang Yu, Scott M. Sternson

Cell 2020 (Published Online: August 24, 2020)

本研究では、摂食行動を準備期完了期consummatory phase)および満腹期に分けて記載しています。準備期とは「欲求行動」の時期であり、実際食事や飲水行動を開始する前段階です。完了期にとる完了行動(consummatory behavior)は、食事や飲水行動を実際に開始し満たしつつある時期です。

視床下部弓状核にあるAgouti-related protein (AGRP) ニューロンが摂食行動に関わることが知られます。ごく簡単に書くと、AGRPニューロンが活性化されると、先の「準備期」で空腹感を生じさせ摂食行動を促すことになるのです。一方これに続く「完了期(コンサマトリー・フェイズ)」の行動に、AGRPニューロンはあまり関与しないともされてきたのです。

さて研究チームは、後脳で青斑核(Locus Coeruleus; LC)の前方に相当する部位でperiLCと呼ばれる領域に注目し、この領域に多く含まれるグルタミン酸作動性ニューロン(以後は簡単にperiLCニューロンとします)に特に着目して本研究を開始しました。なぜならばこのperiLC領域は、摂食調節に関わるAGRPニューロンに加え、飲水を制御する第三脳室前壁の脳弓下器官(subfornical organ; SFO)ニューロンからも投射を受けることがわかったからです。このような領域は、摂食と飲水の両者に関わる機能をもつだろうと考えたのです(解説1)。

まず、ケモジェネティクスによりマウスperiLCニューロン群を抑制すると食事摂取が著明に増加しました(解説2)。逆にオプトジェネティクスによりperiLCニューロン群を活性化させると、食事摂取が抑制されました(解説3)。このことから、periLCニューロン群が摂食行動と実際関わることがわかりました。

チームは次にperiLCニューロン活動と摂食行動の関連を、カルシウムセンサーGCaMP6fを用いたイメージングで解析しました(解説4)。具体的には、小さなな管から栄養成分を供給し、これをマウスが舐める摂食行動(リッキング行動)をモニターしつつ、カルシウムイメージングをおこなったのです。この結果、実際に摂食行動にともなって興奮が抑制されるperiLCニューロンの存在が明らかとなりました。

食事条件を色々と変えて実験をおこなった結果、periLCニューロンの興奮抑制は、まさに摂食行動中、すなわちコンサマトリー・フェーズに見られることがわかりました。そして、periLCニューロンの興奮抑制が強いと、一回の摂食時間が延長する、すなわち摂食行動そのものは亢進することもわかりました。

また面白いことに、periLCニューロンの興奮抑制の程度は、食事制限や飲水制限の後や、甘味があり嗜好性の高い栄養剤を与えた後に大きくなることもわかりました。つまり、空腹や渇きが強い状況で食事や飲水を開始したり、今まさに食べているものの「おいしさ(palatability)」が強い場合にperiLCニューロンの興奮抑制が強くなるのです。

では、periLCニューロン興奮抑制を人為的に増強すると、本当に摂食時間が変わるのでしょうか。これを調べるため、オプトジェネティクスを用いて、リッキング行為を感知すると直ちにperiLCニューロンの興奮が抑制される実験システムを構築しました。そしてその結果、まさに摂食中のperiLCニューロン興奮抑制で摂食時間の延長がみられることを確認することに成功したのです。

整理しましょう。本研究では、脳のperiLC領域に、摂食中(コンサマトリー・フェーズ)に興奮が抑制されるニューロンを見出しました。そしてこのperiLCニューロン興奮抑制は、空腹や喉の渇きが強い場合、あるいは摂取している食べ物が「おいしい」場合に増強し、これによって摂食時間が延長し摂食そのものが亢進するのです。

論文タイトルにもあるように、研究チームはこの機構をダブル・ネガティブ・フィードバック機構と説明しています。つまり、periLCニューロンは非摂食フェーズには恒常的に活性化(興奮)し、摂食をネガティブに調節(抑制)しています。しかしながら摂食行動が始まるとこれらニューロンは興奮抑制を受け、「抑制」の「抑制」の結果で摂食行動が亢進するというのです。特に、摂食の際のperiLCニューロン興奮抑制は、空腹・渇き・嗜好品摂取で著明になるため、結果として摂食行動は一層亢進するというのです。

ちょっとややこしいですが、たとえば「おいしさ(palatability)」によって摂食時間が延長してしまう作用は、たしかにヘドニック・ハンガーに続く過食を説明する仕組みとして成立しています。本研究では、摂食や飲水でperiLCニューロンが抑制される機構は示していませんが、このような仕組みが今後明らかになれば、ヘドニック・ハンガーのより詳細な理解も可能になるかもしれないですよね。

また、研究チームも論文内に書いていますが、「空腹」がperiLCニューロン興奮を抑制して摂食行動を促進する現象は、「空腹は最高の調味料」というフレーズを説明する点でも面白いですよね。

補足

解説1:ひとつはCre依存性Herpes sinplex virus (HSV) anterograde polysynaptic labeling法。この方法では、順行性に感染するウイルスを特定の細胞に発現させ、この細胞とシナプス連絡をもつ細胞を蛍光タンパク発現で可視化します。もうひとつは、AGRPニューロンとSFOをオプトジェネティクスにより活性化し、活性化タンパクc-Fosの局在を見る方法です。

解説2:抑制性のPSAM(Pharmacologically Selective Actuator Modules) に、リガンドであるPSEM (Pharmacologically Selective Effector Molecules)を結合させることにより、アニオン選択的チャネルであるGlyRを通じたアニオン流入を誘導し、神経細胞を過分極させて活性抑制を誘導しています。

解説3:チャネルロドプシン2(ChR2)を利用したオプトジェネティクスを利用しています。

解説4:GCaMPはEGFPの片側にカルモジュリン、もう一方側にミオシン軽鎖フラグメントをつないだカルシウムセンサータンパク質。カルシウムイオンがカルモジュリンと結合すると、EGFPの立体構造を変化させ、これによって蛍光強度が変化します。カルシウム濃度の変化をGCaMP蛍光強度の変化として検出することができます。

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