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脳の深部の光受容オプシンが体温や代謝を調節する

紫外光や紫色光の波長域を受容するオプシン5Opn5)は、もちろん視細胞に発現しますが、直接視覚と関係ない脳の深部にも発現し、「非視覚オプシン」とも呼ばれるようです。一見光の届きそうもない脳の奥深い場所で、Opn5分子は一体何をしているのでしょうか。

これを調べた結果、Opn5の意外な機能を見出した研究が報告されました。視床下部視索前野にあるOpn5発現ニューロンが紫色光バイオレット・ライト)を感知し、褐色脂肪組織熱産生調節に関わるというのです。米国シンシナティ大学のグループを中心におこなわれたこの研究論文は、筆頭著者Kevin X. Zhangさん、責任著者Richard A. Lang先生らによるもので、2020年9月2日、Nature誌で公表されました。

Violet-light suppression of thermogenesis by opsin 5 hypothalamic neurons

Kevin X. Zhang, Shane D’Souza, Brian A. Upton, Stace Kernodle, Shruti Vemaraju, Gowri Nayak, Kevin D. Gaitonde, Amanda L. Holt, Courtney D. Linne, April N. Smith, Nathan T. Petts, Matthew Batie, Rajib Mukherjee, Durgesh Tiwari, Ethan D. Buhr, Russell N. Van Gelder, Christina Gross, Alison Sweeney, Joan Sanchez-Gurmaches, Randy J. Seeley & Richard A. Lang

Nature 2020 (Published: September 2, 2020)

最初に少し背景を説明しましょう。

皮下や内臓周囲の脂肪組織は白色脂肪と呼ばれます。ただ脂肪にはもう一種類、褐色脂肪組織(Brown Adipose Tissue ; BAT)と呼ばれるものもあるのです。白色脂肪は中性脂肪を貯蔵し、飢餓状態にこれを全身に供給するのに対し、褐色脂肪は中性脂肪を分解して熱を産生します。この褐色脂肪での熱産生は、寒冷時の体温維持に関係するとともに、全身でのエネルギー代謝にも広く関わるのです。

今回の研究の主役であるオプシン5Opn5)は、紫外光〜紫色光を受容し、細胞内に情報を伝える光受容タンパク質です。研究チームはまず、視床下部視索前野にOpn5が発現することを確認しました(01)。この領域のOpn5ニューロンはVGLUT2を発現するグルタミン酸作動性ニューロンであり、かつTRPM2という温度センサーを発現する細胞であることもわかりました(02)。また、この視索前野Opn5ニューロンにシナプス入力するのはどのようなニューロンであるかを逆行性トランスシナプス標識で調べた結果(03)、体温調節に関わる複数の部位から入射があることがわかりました。つまり、 視索前野Opn5ニューロンは興奮性で、体温調節領域と回路形成のあるニューロンだとわかったのです。

チームは次に、BAT内に蛍光タンパクをコードするウイルスベクターを注入し、先ほどと似たトランスシナプス標識実験をおこないました。その結果、視索前野Opn5ニューロンにRFPが確認され、これらニューロンがBATと回路形成があることがわかりました。

では視索前野Opn5ニューロンは、BATにどのような作用をもつのでしょうか。これを調べるため、ケモジェネティクスによりこれらニューロンを刺激あるいは抑制しました(04)。その結果、視索前野Opn5ニューロン活性化によりBAT温度と深部体温が下がること、逆に抑制では両温度が上昇することがわかりました。上記の視索前野Opn5機能は、Opn5ノックアウト(KO)マウスでも確認できました。すなわちOpn5 KOマウスでは、BATでの熱産生に関わるUCP1の発現が高く、実際BATの熱産生が高いこと、しかも寒冷刺激に強いことがわかったのです。さらに、Opn5 KOマウスでは血中コレステロール値が低く、白色脂肪が少なく、脂肪細胞が小さいこともわかったのです。これら結果は、全身でOpn5を欠失するマウスだけでなく、視索前野だけでOpn5を欠失するマウスでも同様でした(05)。

次にチームは、視索前野Opn5ニューロンによるBATの熱産生抑制が、光刺激の影響を受けるか否かを調べました。マウスに寒冷刺激を与えつつ、380 nm(バイオレット・ライト)の光照射を加えてみると、この処置によりBATでの熱産生が低下しました。このことは、体外からの光刺激に脳深部のOpn5ニューロンが応答し、その結果BAT機能が低下したことを意味しています。

チームはさらに、長時間のバイオレット・ライト刺激の影響も調べました。胎児期から母体をバイオレット・ライト波長を除いた光環境、すなわちOpn5ニューロンの活性化を防ぐ環境で生活させ、出生後70日までこれを続けたのです。その結果、このように育ったマウスはBATでの熱産生が高いこともわかったのです。

最後に、視索前野に発現するOpn5分子が実際バイオレット・ライト刺激で活性化されるかを脳スライスイメージングで調べた結果(06)、刺激に対するcAMP応答が確認できました。つまり、本研究で示した一連の現象が視索前野のOpn5分子活性化から始まることが示されたのです。

脳の深いところにあるOpn5が光を感知すると、体温が下がりエネルギー消費が低下するという発見、面白いと思いませんか? 脳のサイズがマウスよりも格段に大きいヒトにおいても視索前野にOpn5が発現するのか、そして発現するならば実際に光がそこへ到達するのかなど、今後そのようなことがわかってくると面白いですよね。そしてもし本当に脳深部のOpn5ニューロンがヒトでもBAT機能を抑制するのであれば、夜間の人工光も含む光暴露の増加が、現代におけるヒトのBAT機能抑制やエネルギー消費低下につながった、などの仮説がでてくるかもしれないですよね。

補足説明

01: Opn5遺伝子座に蛍光タンパクであるtdTomato遺伝子を挿入したレポーターマウスを用いました。これにより、蛍光タンパクの発現をもってOpn5発現細胞を同定することが可能となるのです。

02:multiplex FISH法という、異なるmRNAの発現を異なる蛍光シグナルで捉えることにより、同一組織上で複数種のmRNA発現パターンを同定できる方法を用いました。

03:狂犬病ウイルスや仮性狂犬病ウイルスベクターを用いた逆行性トランスシナプス標識で調べています。その結果視索前野Opn5ニューロンに、室傍核(paraventricular nucleus)、視索上核(supraoptic nucleus)、視床下部背内側核(dorsomedial hypothalamus), 外側結合腕傍核(lateral parabrachial nucleus)、縫線核(raphe pallidus)など、体温調節に関わる部位から入射があることがわかったのです。

04:機能を調べたい神経細胞に、これを活性化させたり、抑制したりできる人工受容体(designer receptor exclusively activated by designer drugs; DREADD)を発現させておきます。その後、実験の際に、この受容体と結合する薬剤(リガンド)を投与し、人為的な神経活性化や抑制を誘導するのです。代表的な DREADD として、hM3DqhM4Diがあります。これらの受容体はアセチルコリン受容体のひとつであるムスカリン様受容体M3あるいはM4 受容体に変異を入れたものです。もはや内因性のアセチルコリンとは結合せず、投与するCNO(clozapine-N-oxide)と結合し標的神経を活性化(hM3Dqの場合)、あるいは抑制(hM4Diの場合)できるのです。

05:レプチンレセプター遺伝子座でCreリコンビナーゼを発現させることで、視索前野でのみOpn5を欠失させる方法を用いています。

06:FRET(フレット)という原理で生じる蛍光シグナルを、二光子顕微鏡で捉える実験をおこなっています。そもそも、Opn5のようなG-protein-coupled receptors (GPCRs)は、活性化されるとセカンドメッセンジャーとしてcAMPの細胞内上昇を誘導します。このcAMPの変化を可視化するためにイメージング実験をおこなっているのです。cAMPの変化を捉えるしくみとして、細胞にTEpacVVという分子を発現させます。この分子はcAMPが結合すると、立体構造を変えることが知られ、その結果として、分子内の別の部位に分けて配置している二つの蛍光タンパク質を隔てる距離が変化するのです。簡単に言うと、片方の蛍光タンパク(CFP)を励起する光を当て、もう片方(YFP)からのシグナルを検出すると、そのシグナルの高低により、二つの蛍光タンパク質の距離が近いか遠いかが推定でき、したがってTEpacVVの構造変化、さらにはcAMPの結合状態がわかるのです。これらを計測することによって、細胞内cAMPの増減をリアルタイムに測定し、GPCR(本実験の場合Opn5です)の活性化状態を観察するわけです。

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