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自己組織化でき多用途な血管ネットワーク作成法

私たちのからだは血管で隅々まで張り巡らされています。各臓器は、機能に応じてそれぞれ特徴的な形や細胞配列をもつので、血管はそれに適した枝分かれ構造をもつネットワークを構築します。逆にいうと、個別の臓器に適応できるように血管ネットワークを作ることができれば、栄養や酸素を継続的に送りこむ血管をもつ人工臓器が作れるなど、いろいろな用途が期待できますよね。でも、そんなことは可能なのでしょうか。

驚くべきことに、ヒトの血管内皮細胞endothelial cells; ECs)を材料とし、これにある遺伝子を導入して特殊な条件で培養すると、外部環境に適応して自己組織化する血管内皮細胞を作成できた、という研究が報告されました。米国ウェイル・コーネル・メディカル大学のグループを中心におこなわれた本研究成果は、2020年9月9日、Nature誌で公表されました。論文の筆頭著者はBrisa Palikuqiさん、責任著者はShahin Rafii先生です。

Adaptable haemodynamic endothelial cells for organogenesis and tumorigenesis

Brisa Palikuqi, Duc-Huy T. Nguyen, Ge Li, Ryan Schreiner, Alessandro F. Pellegata, Ying Liu, David Redmond, Fuqiang Geng, Yang Lin, Jesus M. Gómez-Salinero, Masataka Yokoyama, Paul Zumbo, Tuo Zhang, Balvir Kunar, Mavee Witherspoon, Teng Han, Alfonso M. Tedeschi, Federico Scottoni, Steven M. Lipkin, Lukas Dow, Olivier Elemento, Jenny Z. Xiang, Koji Shido, Jason R. Spence, Qiao J. Zhou, Robert E. Schwartz, Paolo De Coppi, Sina Y. Rabbany & Shahin Rafii

Nature 2020 (Published: 09 September 2020)

器官の形や働きに似せた構造体を体外で作成する研究が進んでいます。たとえば特定の細胞を配置し、ここに液体やガスの流入路・流出路を組み込んだ微小デバイスを作成し、肝臓での物質代謝、腸での栄養吸収、肺でのガス交換などを再現するOrgan-On-Chipオーガン・オン・チップ)技術が注目されています。また、デバイスや人工素材に頼ることなく、細胞の自己組織化で形作られるオルガノイドの研究も進んでいます。脱細胞化技術3Dプリンティング技術の進化と合わせることにより、形の上でも機能の上でも生体器官に類似した構造体を作成する技術がますます進むのでしょう。

ただ、このような技術が大きく発展するには、機能細胞群に栄養・酸素を供給し、逆に細胞から体循環に還流すべき物質群を適切に排出するシステム、すなわち各器官・組織に適合して空間配置される血管ネットワークが必要です。しかしながら、血管内皮細胞を、血液が灌流しうる管腔構造をもち、しかも組織適応能を備えた形で作成することは困難だったのです。

本研究では、胎生期に脈管ネットワークが形成される際に一過性に発現する転写因子、ETV2(ETS variant transcription factor 2)に着目しました。そして、ヒト血管内皮にETV2を導入すると、組織適応能をもつ血管内皮細胞になることを見出したのです。研究チームは、ETV2を導入して作るこの細胞を、胎生期の血管内皮にリセット(Reset)されたVasculogenic Endothelial Cellsとし、R-VECsと呼ぶこととしました。

チームは、ETV2を導入した血管内皮は3段階でR-VECになるとしています。平面培養をおこなうinduction期、分岐構造を作りつつ管腔構造を形成するremodeling期、そして環境に適応した3D構造をとるstabilization期です。他にも、R-VECがヒトの色々な組織由来の内皮細胞から作成できることや、培養には特定の細胞外基質の組み合わせが良いことについても論文では提示しています(補足01)。面白いことに、導入したETV2は、第2期のremodeling期までに発現のピークを迎え、その後は減っていくとしています。培養してできるR-VECの運命を決定づけた後は、もはやETV2は必要ないのです。

研究チームは、このあとR-VECの性質を次々と示していきます。

まず、R-VECを免疫不全マウスの皮下に植えると、複雑に枝分かれした血管網を作ることがわかりました。面白いことに、このように植えたヒトR-VECは、マウスの血管網と連続し、周囲にペリサイト補足02)も有する血管を形成しました。

次に、R-VECを脱細胞化処理(補足03)後のラット腸組織に播種すると、ETV2を導入しない内皮細胞と比較し、細かい毛細血管腔にまで行きわたることがわかりました。さらにこのようにR-VECを播種した脱細胞化ラット腸を、免疫不全マウスの腹腔に入れると、内部のR-VECがマウス腹腔の血管と連絡することもわかりました。

また、ETV2を導入した内皮細胞では、脈管形成や管腔形成に関わる遺伝子で、しかも成体の内皮細胞で発現が抑えられている遺伝子が再活性化されていて、これがETV2による内皮細胞リセット機構であると考えられました(補足04)。特に、ETV2の導入により、管腔形成過程に重要だと知られてきたRASIP1 (Ras-interacting protein 1)とsmall GTPaseの発現が高くなることが、R-VEC形成に重要であることもわかったのです。

研究チームは次に、R-VECを特殊なマイクロ流体デバイスに播種しました。縦5 mm、横3mm、高さ1mmの容積をもち、ここに液体注入と排出をおこなうための流入路と流出路ももつデバイスです。その結果、R-VECはデバイス内に、多層で、枝分かれ構造をもち、複雑に連絡交通する血管ネットワークを作りました。しかもこのネットワークは、内腔に白血球、血小板、赤血球など細胞成分を含むヒト全血液を、漏出させることなく移送できることもわかりました。チームはこのシステムを、Organ-On-Chipに対比しOrgan-On-VascularNetと呼んでいます。

チームはOrgan-On-VascularNetデバイスに、ヒト膵島を入れてみました。そうすると、R-VECは分枝し、膵島を3次元的に取り囲むように複雑な構造をとりました。しかも、デバイス内の膵島にグルコースを供給すると、R-VECネットワークを経てデバイスの流出路から出てくる成分にインスリンが増えたのです。つまり、R-VECが膵島周囲に構築した血管ネットワークは、膵組織からのインスリン回収とその移送の機能を果たしたのです。

チームはさらに、R-VECをオルガノイド技術と組み合わせてみました。ヒトの大腸オルガノイドを作成し、細胞外基質の中にR-VECと一緒に埋め込でみたのです。そうすると、R-VECはオルガノイドを包み込むようネットワークを形成しました。またこの方法では、R-VECが大腸癌オルガノイド周囲にもネットワークを形成しました。しかも興味深いことに、正常な大腸オルガノイド周囲のR-VECと、大腸癌周囲のR-VECとでは、発現遺伝子が異なってくることもわかったのです。つまりR-VECは、相手組織に適応した形態をもつ血管ネットワークを構築するだけでなく、発現遺伝子の点でも適応現象を示すというのです。

以上の研究成果をまとめましょう。

本研究では、ヒト血管内皮細胞にETV2遺伝子を導入すると、環境適応能力をもつ未熟な細胞にリセットできることを示しました。こうして作ったR-VECは、そのまま動物皮下に入れても、脱細胞化した組織に播種しても、人工デバイスに播種しても、さらにはオルガノイドと共培養しても、ETV2を導入しないこれまでの培養血管内皮と明らかに違い、複雑な血管ネットワークを構築することが判明しました。しかも、このようにできる血管ネットワークは、血球を含む血液を移送可能であることに加え、膵島を還流しインスリンを回収・運搬することも可能であるほか、オルガノイド構造にも適応した脈管構造を構築するというのです。

すごい研究だなぁと思います。多彩な用途、つまり脱細胞化構造と組み合わせたり、Organ-On-Chipデバイスに播種したり、色々なオルガノイド技術と組み合わせたり、これら構造に自己組織化する血管構造を追加構築できる用途を受け、この技術は幅広く利用されるのではないでしょうか。ETV2遺伝子を一過性発現するだけで良いのであれば、技術的ハードルもそれほど高くなく、その意味でも広く普及する可能性がありますよね。

ちなみに、ヒト膵島周囲と内部に網状にできた血管構造を血球を含む血液が流れる様子を示したSupplementary Videoは、体外デバイス上で起きている現象だと思えないような動画でした。

補足説明

01:マトリゲルと呼ばれ、3次元細胞培養でよく使われる細胞外基質を使っています。これは不死化した腫瘍細胞が産生する細胞外基質を調製したもので、すでに商品化されたものです。これに加え本研究では、R-VECの培養がラミニン、エンタクチン、4型コラーゲンの3者組み合わせでも可能としています。

02:ペリサイトとは、内皮細胞を取り囲むようにして存在する細胞です。内皮細胞と直接接触して血管壁を構成します。血管内皮細胞の分化や増殖を調節したり、血管の構造安定化に寄与したりしています。

03:脱細胞化とは、動物組織・臓器から細胞成分を取り除き、もとの構造をある程度残した上で細胞外基質成分だけを得るため処理です。研究に用いられるほか、再生医療用の足場器材としても利用されます。脱細胞の方法には色々な方法がありますが、本研究では界面活性剤としてはたらくデオキシコール酸と、DNA除去のための酵素を組み合わせています。

04:導入したR-VECがどのように細胞をリセットしたかは、RNA-seqとchromatin IPで調べています。RNA-seqでは、R-VECとETV2遺伝子を導入していない内皮細胞とでmRNAを比較し、発現量の差があるものを抽出します。その後、差のあった遺伝子群の特徴をGene Ontology解析などで分析します。もうひとつのChromatin IPは、ETV2など転写因子の機能を調べる方法です。ゲノムを結合タンパクとともに固定した後、適切な条件で破砕し、たとえばETV2に対する抗体(本研究ではFlag-Tag抗体)で免疫沈降をおこない回収します。ここに含まれるゲノムDNAを解析することで、興味あるタンパク(この場合ETV2)がゲノムのどこに結合していたかを調べます。

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