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オルガノイドと組織エンジニアリングで「ミニ腸チューブ」

腸の一番内側には上皮細胞層があり、必要な栄養素を取り込んだり、細菌やウイルスや余計な物質に対してバリアとして働いたり、色々な役割を担っています。

器官の構造と働きを体外で再現しようとする「オルガノイド」研究がどんどん進んでいます。そして腸は、オルガノイド研究が最も進む器官のひとつです。腸上皮細胞でできる3次元オルガノイドは、すでにさまざまなかたちで研究に利用されています。しかしながら、これまでの腸オルガノイドは、腸上皮構造との類似性は数多くもつものの、閉じた構造をとることが特徴で(01)、実際の腸がもつ管状構造の再現は困難でした。

ごく最近、オルガノイド技術を組織エンジニアリング技術と組み合わせ、実際の腸上皮と似た細胞配列をもち、管状で、しかも内腔を灌流できる「ミニ腸チューブ」作成に成功した、という研究が発表されました。スイス連邦工科大学ローザンヌ校のグループを中心におこなわれた本研究成果は、2020年9月16日、Nature誌で公表されました。論文の筆頭著者はMikhail Nikolaevさん、責任著者はMatthias P. Lutolf先生です。

Homeostatic mini-intestines through scaffold-guided organoid morphogenesis

Mikhail Nikolaev, Olga Mitrofanova, Nicolas Broguiere, Sara Geraldo, Devanjali Dutta, Yoji Tabata, Bilge Elci, Nathalie Brandenberg, Irina Kolotuev, Nikolce Gjorevski, Hans Clevers & Matthias P. Lutolf

Nature (Published: 16 September 2020)

研究チームが目指したのは、管状構造の内側に腸上皮が生体内と似た形で配列する培養システムです。しかも、管状構造の内側をさまざまな物質を含む液体を灌流することができ、かつ上皮自ら再生を繰り返し、組織恒常性の維持も可能なシステムの構築を目指したのです。

チームはまず、細胞外基質で囲まれ、内側に腸上皮オルガノイド細胞を注入できる幅200 μm、長さが1500 μmの管腔スペースを持ち、さらに上皮周囲には成長因子を含む培地も供給できるマイクロデバイスを構築しました。そして、オルガノイド細胞を注入する内腔の形状を、腸上皮の特徴である陰窩構造(02)が繰り返し並び、実際の腸上皮に類似した構造となるよう作成したのです。

細胞外基質の組成にも工夫を加えました(03)。そしてこうして作ったマイクロデバイスに、腸上皮オルガノイドとして育てた腸上皮幹細胞を注入しました。その結果、注入した細胞が次第に陰窩構造様マイクロデバイス形状に沿うかたちで、内腔を埋めることがわかりました。こうして作成した「ミニ腸チューブ」構造の両端は、開口したままになっていて、ここを通じて液体で内腔側を灌流できることも確認しました。

本法では、これまでのオルガノイド培養と比べ、培養継続期間の点でも利点があるとしています。すなわち、閉鎖構造をとり増大するこれまでの腸上皮オルガノイドは、数日ごとに小さく断片化し、3次元培養を繰り返す必要がありました。ところがこの「ミニ腸チューブ」では、内腔を灌流することにより死細胞が除去され、新しい細胞と入れ替わり、そのまま1ヶ月以上の継続培養できるとしています。

ミニ腸チューブに並ぶ上皮細胞は、生体の腸上皮と同様に分布する増殖細胞集団を認め、マイクロデバイス内でも上皮幹細胞が生体同様の挙動を示すことがわかりました。また、ミニ腸チューブ内上皮は、全タイプの分化細胞を含む点でも生体内腸上皮と類似していました。特に、粘液産生細胞である杯細胞の形態や機能、あるいは吸収上皮細胞の機能については、粘液染色、電子顕微鏡観察、あるいはアミノペプチダーゼという酵素機能の解析で示しています。

さらにチームはミニ腸チューブに含まれる上皮細胞種を詳細に調べるため、シングルセルRNAシーケンス(single cell RNA sequence: scRNA-seq)をおこないました(04)。その結果、吸収上皮細胞杯細胞パネート細胞タフト細胞などの主要な細胞に加え、内分泌細胞M細胞など数の少ない細胞種も、デバイス内上皮細胞にきちんと含まれることがわかったとしています。

研究チームは次に、ミニ腸チューブ内上皮細胞にダメージを与え(05)、その後の上皮細胞動態を観察しました。その結果、周囲から上皮細胞が遊走してくるなどして、障害された上皮が再生する現象が見られました。このことは、ミニ腸チューブが上皮再生研究にも有用である可能性を示しているのです。

最後に研究チームは、ミニ腸チューブ内部にクリプトスポリジウム(Cryptosporidium parvum)の嚢胞体(オーシスト)を注入しました。その結果、この寄生虫が5-6日かけてライフサイクルを完結する過程を観察できました。しかも、デバイス内上皮細胞でインターフェロン誘導性遺伝子発現が見られるなど、宿主応答も観察可能であったとしています。以上より、ミニ腸チューブは、閉鎖型オルガノイドでは困難であった、内腔側からアプローチしてくる微生物と腸上皮の相互作用を長期間にわたり解析できるモデルになるとしています。

整理しましょう。本研究では、腸上皮細胞を配置したマイクロデバイスを構築し、内側に腸オルガノイド由来細胞が配列し、内腔を灌流できる管状構造をもつミニ腸チューブを作成しました。このミニ腸チューブでは、腸上皮がもつ幹細胞-分化細胞の特徴的配列が再現されるだけでなく、細胞新生と細胞死のバランスを保った組織恒常性も維持できるのです。さらにこのシステムは、上皮再生解析や微生物感染モデルとしても利用可能なほか、上皮基底膜側における免疫細胞との相互作用解析にも利用できるというのです。

本研究が示す進化型腸オルガノイド技術を用いた各種アッセイが簡便にできるようになるならば、上皮再生実験や微生物感染実験にとどまらず、水分や栄養の吸収能検定への利用なども期待されますよね。しかも研究チームは、このデバイスが腸上皮だけでなく、胆管上皮、気道上皮にも応用可能としています。この研究で提示したような「Organoids-On-a-Chip」技術がさまざまな管状器官研究に普及するかもしれないですね。

補足説明

01:腸上皮細胞には極性があります。食物が通過する管腔側は頂端側apical側)、逆側は基底側basal側)と呼ばれ、それぞれに異なる分子が配置され機能します。これまでのオルガノイドでは、内側に頂端側が向かうように腸上皮細胞が並び、上皮細胞が分泌する液体や物質で内腔を満たした閉鎖構造をとることが特徴でした。

02:腸上皮は一層の上皮細胞で構成されますが、その構造は複雑です。小さな突出とくぼみが繰り返し連なっているのです。突出部分は絨毛、くぼみ部分は陰窩(いんか)と呼ばれます。このような突出とくぼみ構造をもつことで、表面積を増やし、栄養吸収効率を高めているとされます。また、各陰窩の底部(一番深いところ)に、Lgr5という分子を発現する上皮幹細胞が存在し、新しい細胞を供給し続けます。新しく生まれた細胞は、底部から順次陰窩に沿って、さらには絨毛に沿って管腔側へ移動し、最終的には腸内腔に脱落していくのです。

03:細胞が適切に配置できる細胞外基質の硬さを調節し、マトリゲルと呼ばれる、腫瘍細胞株が産生する細胞外基質を調製し商品化されたものと、タイプ1コラーゲンとを組み合わせたハイブリッド基質を用いています。

04:scRNA-seqは、発現しているmRNAを単一細胞ごとに調べる手法です。生体は多様な細胞の集まりです。細胞のこの多様性は、各細胞がそれぞれ異なるmRNAセットを発現することに起因します。逆に言うと、個別の細胞が発現するmRNAサンプルを採取し、そこに含まれる何千何万というmRNAの種類とその多寡がわかれば、この細胞がどういう細胞であるかを推定することができるのです。微量mRNAを高精度で解析する手法が進み、個別の細胞レベルでmRNA発現をプロファイリングするscRNA-seqが広く利用可能となっています。

05:3種類の方法でマイクロデバイス内の上皮障害を起こしています。一つ目は紫外線照射、二つ目はデキストラン硫酸ナトリウムの管腔内灌流、三つ目は放射線照射です。放射線は大量では再生不能な上皮障害となったとしていますが、低い量の照射では、上皮障害後の上皮修復が観察可能としています。

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