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ヒト心臓は何種類の細胞からできている?

心臓は電気信号を生みだし、伝達し、これによる筋細胞の活動を介して収縮と拡張を繰り返し、全身へ血液を送る臓器です。ひとときも休むことなく、生涯にわたって働き続けます。そんな心臓ですが、たとえばヒトでは、いったい何種類の細胞が含まれていると思いますか?

単純な疑問ですが、答えるのは簡単ではありません。心筋と呼ばれる筋肉細胞と、電気信号を伝える刺激伝導系の細胞はなんとなく違う気はしますが、さらにその中にも色々な種類があるのかなど、そんなことまで知らない人が大多数だと思います。しかしながら、たとえば心臓病の専門家にすれば、この病気は実はこのタイプの心筋細胞の異常によるのだとか、この疾患に関係するこの遺伝子は心臓のある領域に限って発現するのだとか、そういうことがわかることには大きな意味があるのだと思います。また、人工心臓作成を目指す人にすれば、同じ種類に見えていた心筋細胞が、実はもっと細かく分類できるといった事実は、重要な情報かもしれません。

このような背景のもと、ヒト心臓を構成する細胞をたいへん詳しく調べた研究が、2020年9月24日、Nature誌で公表されました。論文の筆頭著者はMonika Litviňukováさん、Carlos Talavera-Lópezさん、Henrike Maatzさん、Daniel Reichartさんの4名、責任著者はJ. G. Seidman先生、Christine E. Seidman先生、Michela Noseda先生、Norbert Hubner先生、Sarah A. Teichmann先生の5名で、英国、ドイツ、米国の研究者らによる国際共同研究です。

Cells of the adult human heart

Monika Litviňuková, Carlos Talavera-López, Henrike Maatz, Daniel Reichart, Catherine L. Worth, Eric L. Lindberg, Masatoshi Kanda, Krzysztof Polanski, Matthias Heinig, Michael Lee, Emily R. Nadelmann, Kenny Roberts, Liz Tuck, Eirini S. Fasouli, Daniel M. DeLaughter, Barbara McDonough, Hiroko Wakimoto, Joshua M. Gorham, Sara Samari, Krishnaa T. Mahbubani, Kourosh Saeb-Parsy, Giannino Patone, Joseph J. Boyle, Hongbo Zhang, Hao Zhang, Anissa Viveiros, Gavin Y. Oudit, Omer Bayraktar, J. G. Seidman, Christine E. Seidman, Michela Noseda, Norbert Hubner & Sarah A. Teichmann

Nature (24 September 2020)

最初に述べておきましょう。この研究は、1細胞ごとの発現遺伝子解析をおこなうことにより、ヒト心臓を構成する細胞種を詳細に同定したものです。今年5月にブログを始めて以来、このような純粋なトランスクリプトーム研究は、個人的には興味があるものの、成果を紹介するのはなかなか難しいなと考えてきました。こういう理由でこの分子に注目したのです、とか、研究分野のこのハードルを越えようと思ったのです、とか、そういう類のストーリーを紹介しにくいからです。

そうは言っても重要な論文です。またこの研究は、Human Cell Atlasといって、ヒト全細胞型の収集を目指す国際プロジェクトの、心臓のデータ集積を担う研究ともあります。シングルセル解析技術の進化にともなって、こういう研究がさまざまな臓器で続き、しばらくは注目を集めるのだと思います。

さて、話を戻しましょう。研究チームは、心臓構成細胞を詳細に調べるため、ヒト心臓の以下の6領域、すなわち左心室壁(LV)右心室(RV)左心房(LA)右心房(RA)左心室先端部(心尖部;AX)それから心室中隔(左右心室の間の壁;SP)について解析を加えることとしました(01)。

具体的には、14人のドナーから得られた心臓の上記6領域からサンプルをとるのですが、14人全員分について、凍結組織から細胞核を単離回収することができ、これらを単一細胞「核」RNAシーケンスsnRNA-seq)解析に用いました(02)。また、14人中7人の心臓については、単一細胞レベルに解離したサンプルと、CD45陽性細胞として分取した細胞をフレッシュに得ることもでき、これらは単一細胞RNAシーケンスscRNA-seq)解析に用いました。このような3種類のサンプル(単一細胞、CD45陽性単一細胞、単一細胞核)を合わせ、何と、ほぼ50万個に近い細胞のデータを取得し解析したのです。

まずはトランスクリプトーム解析の結果、主要な細胞種として11種に分けられたとしています(03)。研究チームは、まずこれらの主要細胞種の分布につき記載しています。例えば本研究では、心房よりも心室において、全体に閉める心筋細胞の割合が高いことなどが簡単にわかるのです。

ここから先は、さまざまな細胞種の細分化やその割合の話に移っていきます。全部は書きませんが、これまでにないレベルで心臓構成細胞のheterogeneityが次々と明らかにされていくのです。

まず心筋細胞では、心房心筋細胞 (aCM)が心室心筋細胞 (vCM)とで遺伝子発現パターンが明瞭に異なることが確認できました。また、心房心筋細胞 (aCM)心室心筋細胞 (vCM)の両者が、各々さらに5つの集団に細分化できることもわかりました。

また、内皮細胞 (EC)ペリサイトpericytes (PC)平滑筋細胞 (SMC)、および中皮細胞 (Meso)の集団はあわせて17の集団に細分化され、線維芽細胞 (FB)はさらに7つの集団に細分化できることもわかりました。

免疫細胞は、ミエロイド細胞系(マクロファージや単球や樹状細胞を含む)とリンフォイド細胞系を含め、21の細胞亜集団に分けられ、神経細胞 (NC)は6つ、脂肪細胞 (Adip)は3つの集団に細分化されました。

本研究で解析した膨大なトランスクリプトームデータは、基本的に健康なヒト心臓の構成細胞に関する情報です。ただもちろん、これがさまざまな病気の研究に応用できると期待されているわけです。たとえば研究チームは、これらデータセットを用いて新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)が感染するために必要な宿主因子のACE2を発現するのが心臓の中のどのタイプの細胞であるか(04)や、心臓病に関する過去のゲノムワイド関連解析(GWAS)の結果で抽出された遺伝子が、今回の研究で細分化されたどの細胞種類に発現するのか(05)、などについても言及しています。

研究チームも記載する通り、また先にも書いたように、本研究データは心臓に関する基礎研究者や臨床研究者にとって大変重要な情報の宝庫になるのだと思います。本論文の内容は、こうした研究の性質上、淡々としたデータ記載が主ではありますが、それでも中に興味深い発見の記載もあります。たとえば、男女の心臓のデータを比べると、左右の心室に心筋細胞が占める割合は、実は女性の方が男性より高いというのです。心臓の大きさが男性より女性が小さいため、女性の方が相対的に高い心拍出量を生み出さなければならないなどの理由があるかもしれませんが、何となく、女性の方が男性より心臓が強い、みたいな感じで面白くないですか?

それから、結局ヒト心臓が何種類の細胞からできているか、最終的に答えていませんね。予想されるよりもっとたくさん、ということにさせてください。

補足

01:左心室(LV)はLeft Ventricle、右心室(RV)はRight Ventricle、左心房(LA)はLeft Atrium、右心房(RA)はRight Atrium、それから心尖部のAXはleft ventricular apex、そして心室中隔のSPはinterventricular septumを表して使っています。

02:ヒトも含む多細胞生物では、各細胞が同一のゲノムをもつにもかかわらず、種類の異なる細胞として機能し、また異なる細胞の状態を呈します。これは多くの場合、転写レベルでどの遺伝子がONになっているか、そしてその結果どの遺伝子がmRNAとして発現するかに規定されるのです。したがって逆に、各細胞に発現するmRNAの種類や量を単一細胞レベルで知ることができれば、その細胞の種類や状態を解析することができるわけです。

細胞集団や組織塊からRNAを採取し、その質と量を全体の集合として調べるRNAシーケンス(bulk RNA-seq)にとって代わり、単一細胞レベルでおこなうシングルセルRNAシーケンス(scRNA-seq)が急速に進みました。さらに最近においては、単一細胞として分離しにくい組織の細胞でも同様の解析をおこなうため、単一細胞核RNAシーケンス(single cell nucleus RNA-seq; snRNA-seq)という技術も進んでいるのです。もちろん、mRNAの核内分布状況を細胞全体でのそれと完全に並べて比較するのは難しいと思いますが、いずれにしても、心筋細胞のように、サイズが大きく単一細胞解析が困難であった細胞については、今回の研究のようにsnRNA-seqはきわめて有用なツールとなるのです。

03:この11種は以下の通りです。心房心筋細胞atrial cardiomyocytes (aCM)、心室心筋細胞ventricular cardiomyocytes (vCM)、線維芽細胞fibroblasts (FB)、内皮細胞endothelial cells (EC)、ペリサイトpericytes (PC)、平滑筋細胞smooth muscle cells (SMC)、ミエロイド細胞myeloid cells (Myel)、リンフォイド細胞lymphoid cells (Lym)、脂肪細胞adipocytes (Adip)、中皮細胞mesothelial cells (Meso)、神経細胞neuronal cells (NC)

04:SARS-CoV-2がヒト細胞に侵入する際に、細胞表面のACE2(アンジオテンシン変換酵素2)という分子が必要であることがわかっています。本研究では、心臓においてACE2を発現するのは主にペリサイト (PC)や線維芽細胞 (FB)であることを明らかにしました。ただ、SARS-CoV-2の感染に重要なもうひとつの分子、TMPRSS2、については、これら細胞には発現がみられないとしています。

05:例えば心房細動(Atrial fibrillation)のGWASで抽出された遺伝子は、本研究での心室心筋細胞 (vCM)のうちの一つの集団vCM3だとしています。また、PR間隔(心電図でわかる心臓の電気興奮サイクルのある部分の時間です)に関連する遺伝子は、心房心筋細胞 (aCM)の亜集団のaCM5と、心室心筋細胞 (vCM)のvCM3の集団に発現する、などとしています。

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