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【2020ノーベル医学・生理学賞】 C型肝炎ウイルス発見のオリジナル論文

10月5日に、今年のノーベル医学・生理学賞がアナウンスされました。30年ほど前の一連の研究で、C型肝炎ウイルスの発見に貢献したHarvey J. Alter先生、Michael Houghton先生、 およびCharles M. Rice先生の3名に贈られることが発表されたのです。

肝臓が持続的に障害を受け、経過によって肝硬変へと進み、さらに肝癌の原因にもなる肝炎が数多く発生していました。ウイルスが原因と考えられていたものの、当時知られていたA型肝炎ウイルスでもB型肝炎ウイルスでもないとされ、非A非B型肝炎と呼ばれていたのです。今回の受賞者たちによる研究で、その後ついにウイルスが同定され、C型肝炎ウイルス(HCV)と命名されました。もちろんウイルス同定ですぐに完全な治療が可能となったわけではありませんが、これをきっかけにその後のC型肝炎研究が間違いなく進みました。2010年代にはついにHCVを直接攻撃する薬が使用されるようになり、今や感染者の大半でウイルス排除が可能となり、また肝硬変や肝臓がんによる死亡リスクも大きく減らせる見通しが立つこととなったのです。もちろんここに至るには、膨大な研究者の貢献があったことと思いますが、初期の研究でウイルス発見に貢献した3名にノーベル賞が贈られることとなったのです。

このブログでは、受賞者らの当時の実際の論文を振り返ってみようと思います。

ノーベル医学・生理学賞のweb siteを見ると、Key Publicationsとして7つの論文が挙げられています。その中の、1989年の Science誌の論文をみることにしましょう。この論文は受賞者のひとり、Michael Houghton先生とカイロン社のグループによる論文です。

Isolation of a cDNA clone derived from a blood-borne non-A, non-B viral hepatitis genome.

Choo QL, Kuo G, Weiner AJ, Overby LR, Bradley DW, Houghton M.

Science. 1989; 244:359-362.

研究グループは、それ以前の手法でのウイルス同定が困難であったことから、ファージを用いる発現クローニング戦略で、非A非B型肝炎の原因ウイルス同定に挑戦しました。

まず、ヒト非A非B型肝炎が感染したチンパンジーの血しょうを採取し、サイズの小さなものまで含む核酸(DNAおよびRNA)を回収しました。この中には、宿主チンパンジーのさまざまな核酸が大量に含まれるし、肝炎と無関係の微生物核酸も混入しているかもしれません。また、見つけたい肝炎ウイルスについて、この時点ではDNAウイルスかRNAウイルスかも不明ですから、DNAとRNAの両者を回収し、ランダムプライマーを用いてそのcDNA(相補的DNA)を作成しました。得られたcDNAライブラリーをλファージに組み込み、各々の遺伝子をもとに発現する膨大なペプチドの中から、非A非B型肝炎ウイルス感染患者血清が認識するクローンを探し出したのです。

およそ100万にもおよぶライブラリー遺伝子の中から、ついに「当たりクローン」を見つけ出しました。選び出した候補クローンcDNAは、ヒトあるいはチンパンジーゲノムにない配列で(01)、ウイルスなど外来性の遺伝子である可能性が示唆されました。またこのcDNAは、感染したチンパンジーの肝臓に含まれるRNAと相補的であることがわかり、肝炎ウイルスの遺伝子である可能性が高まりました(02)。さらにこのcDNAクローンが、DNAではなくRNAに由来することから(03)、これが病原体のものであるならばRNAウイルスであることも判明したのです。

このcDNAクローンのタンパクコード配列を明らかにし、これを大腸菌に発現させ、得られたタンパクを解析しました(04)。その結果、もちろんスクリーニングに用いた患者血清は、このタンパクを認識しました。しかも、非A非B型肝炎患者11人のうちの7人の血清がこのタンパクを認識するとともに、患者でないヒト血清は認識しませんでした。すなわち、多くの非A非B型肝炎患者で、この遺伝子がコードする蛋白に対する抗体を含むことがわかったのです。また、この肝炎ウイルスに感染したチンパンジー4頭の血清も、すべてこのタンパクに対する抗体を含んでいました。

以上より研究チームは、それまで全く実態がつかめず、正体や性状が不明であった非A非B型肝炎の起因病原体が、候補クローンcDNAと相同の配列を有するRNAウイルスだとし、彼らはこれをhepatitis C virus(HCV)と命名しました。

30年後のノーベル賞受賞につながるこの論文は、以下のように終わっています。

The cDNA clones reported here were obtained in the absence of prior knowledge concerning the virus, the viral genome, and the presence of circulating viral antibodies. As such, this represents cloning without prior characterization of the infectious agent. This approach should be relevant to studies of other diseases in which an unknown infectious agent (viral or otherwise) might be involved.

Choo QL et al., Science. 1989; 244:359-362.

PCRすらまだ普及していなかったこの時代に、見事にウイルス遺伝子の単離と同定に至った本研究の論文は、大変面白く読むことができました。とてもシンプルな論文です。そして上記のように、自分たちの研究の先進性への誇りを簡潔に記しているのもイイですよね。まったく不明のウイルスに由来する微量核酸を超遠心で回収し、すごい数のcDNAから陽性クローンを見つけ出し、その同定にまで至ったのですから、この高揚感も当然と思います。

これ以降のC型肝炎研究の歴史や、受賞者の詳細については、たくさんの方が他で書かれています。それらを読み、この30年でいかに研究が進みいかにC型肝炎臨床が進んだかを知ると、個人的には今回のノーベル賞授与が、高らかな勝利宣言を意図しているように思いました。

それからもう一つ、気になり、比較したくて確認したことを書いておきます。現時点でまだ終息が見えないCOVID-19の原因ウイルス、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の同定においては、中国のグループが、肺炎症状で2019年12月27日に入院した3人の患者サンプルを用いた解析をおこない、新しいタイプのコロナウイルスであることに加え、そのシークエンスなどの詳細も発表しました。この結果は、New England Journal of Medicine誌に、何と、患者入院からひと月も経っていない2020年1月24日にオンライン掲載されたのです。このスピードを知ると、C型肝炎の時と比べ、月並みな言い方になりますが、隔世の思いが強いです。

補足

01:ゲノムDNAに候補cDNAをハイブリダイズさせるサザンブロット法で調べました。この時代には、ヒトのゲノムはまだ解読されていないので、単純な配列参照などはできなかったはずです。

02:肝臓RNAに候補cDNAハイブリダイズさせるスポットハイブリダイゼーションで調べました。

03:チンパンジー血しょうから回収した核酸をRNA分解酵素あるいはDNA分解酵素で処理した後にcDNAを作成しておこなった実験で調べています。

04:ウェスタンブロット法で調べました。

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