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2種類の「喉の渇き」をそれぞれ調節する脳の細胞の発見

塩分を多く含むものをたくさん食べた後の喉の渇きと、炎天下でスポーツをした後の喉の渇きは、何か違いますよね。もちろんこれは、私たちの体が欲するものが違うからであり、前者では「水」、後者では「水と塩分」の両者を必要としています。こうした体液バランス維持のための飲水行動を、脳のどの領域がどのように調節しているのかを調べた研究は、もちろんこれまでにもありました。ただ、上記2つの飲水行動を調節する脳の担当細胞を、きちんと区別して調べることはできていなかったようなのです。

これを背景とし、最近の脳科学研究技術を組み合わせることで、上記2種類の喉の渇きを脳のどのような細胞がコントロールしているかを解明した研究が、2020年10月14日、Nature誌で公表されました。論文の筆頭著者はAllan-Hermann Poolさん、責任著者はYuki Oka先生で、米国のカリフォルニア工科大学を中心としたグループによる研究です。

The cellular basis of distinct thirst modalities

Allan-Hermann Pool, Tongtong Wang, David A. Stafford, Rebecca K. Chance, Sangjun Lee, John Ngai & Yuki Oka

Nature 2020     Published: 14 October 2020

もう一度2種類の喉の渇きについて書いておきましょう。体内の水の量の大きな変化をともなわず、塩分を多く摂取する場合、細胞外液の浸透圧が高くなります。動物はこれを感知すると、喉の渇きを感じ、飲水行動をとって補正します。もちろんこのときは、塩分を含まない水の摂取が目的にかなっています。これはすなわち「浸透圧調節のための喉の渇き」です。

一方、体内の水の量の低下をともなって体液バランスの乱れが生じることがあります。この場合、私たちのからだは細胞外液量の変化を感知し、体内ナトリウム量も含めて補正します。この時にも喉の渇きが引き起こされ、この場合は水や塩分の適切な補給行動をとることで調節がおこなわれるわけです。これは、「容量調節のための喉の渇き」です。

これまでの研究で、脳の中の脳弓下器官(subfornical organ; SFO)、および終板器官(organum vasculosum of the lamina terminalis; OVLT)と呼ばれる領域が、体液バランスと飲水行動調節に関わることが知られてきました(01)。しかしながらこれらSFOやOVLT、さらにはそこに含まれる細胞が、どのように2種類の喉の渇きに応答するかの詳細はわかっていませんでした。

研究チームはまず、マウスに浸透圧負荷や低容量負荷を与えた場合に(02)、SFOやOVLTのどのような神経が活性化を受けるかを、TRAP2という方法を用いて調べました(03)。その結果、SFOやOVLTにおいて、各負荷で活性化を受ける細胞集団が認められ、しかもその分布が少し異なることがわかり、これをもっと詳しく本研究で追求することとしたのです。

研究チームは、マウス脳組織からSFOとOVLT領域部分を採取し、個々の細胞レベルにまでバラバラにし、シングルセルRNAシーケンス解析scRNA-seq)をおこないました(04)。その結果、SFOとOVLTの両部位が均一な細胞から構成されるのではなく、より細分化が可能な多様な細胞からなることがわかりました。

チームはそこで、マウスに浸透圧負荷をかける、低容量負荷を与える、あるいは水制限(05)をおこなうなどの処理をした後にSFOとOVLT領域を採取し、先と同じようにscRNA-seqを行いました。そして今度は特に、各条件において活性化された細胞集団の同定を行いました(06)。その結果、浸透圧負荷で活性化を受ける細胞と、低容量負荷で活性化される細胞とは集団が異なることがわかりました。さらに、水制限を受けた群では、浸透圧負荷と低容量負荷の両者がミックスした体液バランス異常が生じることを反映し、活性化される細胞もそれぞれで活性化される細胞群が混在していました。

研究チームは、上記scRNA-seq解析で抽出された遺伝子群の発現を組織上でも確認し(07)、最終的にRxfp1という分子が発現する細胞が浸透圧負荷で活性化される細胞、一方Pdynという分子が発現する細胞を低容量負荷で活性化される細胞として、それぞれ同定したのです。

では、このように同定された細胞が、実際に飲水行動に関わる機能を発揮するのでしょうか。研究チームはこのことを、オプトジェネティクスで調べています(08)。その結果、Rxfp1発現細胞を選択的に活性化したマウスでは、水を強く欲する飲水行動をとることがわかりました。またこの時、食塩を含む水分は摂取しようとしないことから、Rxfp1発現神経細胞の活性化は、浸透圧負荷を受けた際の飲水行動に強く関与することが示されました。

一方、オプトジェネティクスによりPdyn発現細胞の活性化をおこなったマウスでは、水と食塩水との両者を欲する行動を示しました。これは明らかに、Rxfp1発現神経細胞活性化の際とは異なる結果です。そしてこの飲水パターンは、浸透圧負荷ではなく、低容量負荷をかけた際に見られる行動と類似しています。このことから、Pdyn発現細胞機能は、低容量負荷に対する飲水行動と関わることが確認されたのです。

チームは最後に、このように2つの異なる細胞集団が、浸透圧負荷と低容量負荷とに対する飲水行動を区別してになうことをより明確にするため、ケモジェネティクスを用いて選択的な細胞機能抑制する実験をおこないました(09)。その結果、Rxfp1細胞の機能を抑制すると、食塩投与で浸透圧負荷をかけたマウスでも飲水が促されないことがわかりました。このことは、Rxfp1発現神経細胞活性が浸透圧負荷時の飲水行動に関与することをより明瞭に示しているのです。

結果を整理しましょう。研究チームは、SFOやOVLTに含まれる多様な細胞の中に、Rxfp1発現細胞とPdyn発現細胞という異なる細胞集団が含まれることを発見しました。そして、前者は浸透圧負荷に際し「水だけ」を欲する飲水行動に関わること、一方後者は低容量負荷に応答し「水と塩分」を欲する行動に関わることを明らかにしたのです。

近年の生命科学や神経科学の研究手法を組み合わせると、新しい細胞集団の特定がこんなにきれいに進むのだなぁ、とあらためて感じました。TRAP2システムで活性化細胞集団の差を確認し、興味深い挙動を示す細胞種を多くの細胞種からscRNA-seqで特定し、オプトジェネティクスとケモジェネティクスでその機能を確認し・・・、という一連の流れは、決してこの論文に始まったわけではないですが、ホントに有効な研究戦略ですよね。

結果として浸透圧負荷と低容量負荷とに対する担当ニューロンがそれぞれ明らかになったことも、とても面白いですよね。摂食行動調節の研究とは違い、肥満など何か多くのヒトの健康問題の解決につながるような進展はないかもしれません。しかしながら、体液調節は血圧も含む色々な生体調節に関わりますので、本研究のこれからの進展にも注目したいと思います。

補足説明

01

脳室周囲器官(circumventricular organs; CVO)を構成する脳弓下器官(SFO)は左右の脳弓柱が合わさった脳弓体の直後方にある領域です。終板器官(OVLT)は、第三脳室の前壁を構成し、前交連と視神経交叉の間に位置する領域です。この両者に含まれる多くの興奮性神経が、飲水行動に関わることが知られてきました。

02

マウスに浸透圧負荷を与える方法としては食塩やマンニトールの腹腔投与、低容量負荷をかける方法としてはポリエチレングリコールの皮下注射や利尿剤の静脈注射を用いています。

03

活性化されFos遺伝子が発現した神経細胞を標識するTRAP2法を用いています。具体的に書くと、TRAP2マウス(Fos遺伝子座にタモキシフェン誘導性Creリコンビナーゼ遺伝子を挿入したもの)と、Ai14マウス(Cre による組換でRosa26遺伝子座からtdTomatoを発現するマウス)を交配したマウスを使用しています。タモキシフェンでCreの核移行を誘導した後に活性化されたニューロンは、tdTomatoを発現し続けることになり、この蛍光をもって同定できるという仕組みです。

04

多細胞生物を構成する細胞は、基本的にすべて同一のゲノムDNAを持っています。にもかかわらず、各々の細胞が異なる機能をもつことができる仕組みとしては、遺伝子発現調節が重要です。すなわち、同一ゲノムの中で、どの遺伝子が転写レベルでONになっているか、そしてその結果どの遺伝子がmRNAとして発現するかによって、細胞の機能や状態が規定されているわけです。したがって逆に、各細胞に発現するmRNAの種類や量を詳しく解析できれば、その細胞の種類や状態を知ることができるわけです。細胞集団や組織塊から得られるmRNAの質と量を全体の集合として調べるバルクのRNAシーケンスにとって代わり、単一細胞レベルでおこなうシングルセルRNAシーケンスscRNA-seq)が急速に進みました。これにより、解析対象組織に含まれる多様な細胞群を、個々の細胞の発現mRNAプロファイルをもとに解析可能のなるわけです。

05

水制限では36時間の水制限をおこなっています。これは、理屈として、細胞外液濃縮による浸透圧負荷と、細胞外液量減少による低容量負荷の両者がミックスされた負荷を与えていることになるわけです。

06

最初期遺伝子immediate early genes; IEGs)と呼ばれ、細胞が活性化を受けた後の早期に発現する遺伝子群に着目し、これが発現している細胞集団を特定しました。また、サンプル採取の過程で発現が誘導されてくる遺伝子の影響を排除するために、組織を処理する際にアクチノマイシンDという転写阻害剤を加えています。

07

蛍光in situ hybridization法で発現を確認しています。

08

オプトジェネティクス、すなわち光遺伝学的手法の実験で調べています。ここでは、Rxfp1遺伝子座に、Rxfp1のコード領域に続いてCreリコンビナーゼ遺伝子をノックインしたマウスを作成しました。次に、Creリコンビナーゼ依存的にチャネルロドプシン2(ChR2)遺伝子を、ウイルスベクター(AAV-DIO-ChR2-EYFP)を用いて導入します。このときChR2は、doublefloxed inverted open-reading-frame (DIO)と呼ばれる2ペアのlox配列(loxPとlox2272など)に挟まれ逆向きに挿入されています。Creリコンビナーゼが作用すると、ChR2が順向きとなり、発現することになるのです。このあと光を当てると、Rxfp1発現細胞が活性化されるという仕組みです。同様に、Pdyn-Creマウスにウイルスベクター(AAV-DIO-ChR2-EYFP)を導入し、オプトジェネティクスによるPdyn発現細胞の活性化実験も行っています。

09

Rxfp1発現細胞あるいはPdyn発現細胞の機能抑制のため、これら細胞に選択的にDREADD(designer receptor exclusively activated by designer drugs)を発現させておき、その後、この受容体と結合する薬剤(リガンド)を投与することで、人為的な神経抑制を誘導しています。ここでは、アセチルコリン受容体のひとつであるムスカリン様受容体M4 受容体に変異を入れたhM4Diを用いています。具体的には、08のオプトジェネティクスでも用いたRxfp1-CreマウスあるいはPdyn-Creマウスに、ウイルスベクター(AAV-DIO-hM4Di-mCherry)を感染させています。その後、CNO(clozapine-N-oxide)を投与し、hM4Diが発現したRxfp1陽性細胞あるいはPdyn陽性細胞の機能抑制をおこなったのです。

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