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新型コロナウイルスのヒト細胞感染とニューロピリン1(NRP1)

SARS-CoV-2(新型コロナウイルス)による感染症(COVID-19)は、2020年10月の現時点において、ヨーロッパなどで再拡大傾向を示し、緊急事態宣言が再び出される地域もあるなど、収束への道筋がまだ見えません。有効な治療薬とワクチンの開発に期待が集まりますが、いつ、どのような形でこれらが達成できるのか、まだわかりません。

とは言え、さまざまな角度からの研究が急速に進んでいます。臨床感染症学的にも、重症化や死亡を防ぐための情報が蓄積・共有されつつあるのでしょう。公衆衛生学、免疫学、ウイルス学など、様々な領域での新しい発見も次々と発表されているようです。(ようです、と書くのは、私などがすべてをカバーするなどできないからです・・・)

さて、2020年10月20日のScience誌で、SARS-CoV-2がヒト細胞に感染する分子機構を新しく示した重要な研究が、独立した二つのグループから発表されました。これまで、SARS-CoV-2がヒト細胞に感染する際、細胞表面のアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)分子を利用することが知られていました。今回の研究では、SARS-CoV-2がヒト細胞のニューロピリン1(NRP1)分子と結合する仕組みももつこと、そしてこれにより感染が一層進行することが明らかになったのです。

2グループのひとつは、英国ブリストル大学のグループで、ウイルスタンパクとヒトNRP1の分子結合機構を主に調べています。もうひとつはドイツのミュンヘン工科大学を中心としたグループで、NRP1発現がSARS-CoV-2細胞感染に及ぼす影響や、NRP1の発現分布についてもデータを提示しています。このブログでは後者を取り上げてみようと思います。筆頭著者はLudovico Cantuti-Castelvetriさん、Ravi Ojhaさん、Liliana D. Pedroさん、Minou Djannatianさん、Jonas Franzさん、Suvi Kuivanenさんの6人、責任著者はGiuseppe Balistreri先生、Mikael Simons先生の2人で、ミュンヘン工科大学やヘルシンキ大学を中心とした国際共同研究です。

Neuropilin-1 facilitates SARS-CoV-2 cell entry and infectivity

Ludovico Cantuti-Castelvetri, Ravi Ojha, Liliana D. Pedro, Minou Djannatian, Jonas Franz, Suvi Kuivanen, Franziska van der Meer, Katri Kallio, Tuğberk Kaya, Maria Anastasina, Teemu Smura, Lev Levanov, Leonora Szirovicza, Allan Tobi, Hannimari Kallio-Kokko, Pamela Österlund, Merja Joensuu, Frédéric A. Meunier, Sarah J. Butcher, Martin Sebastian Winkler, Brit Mollenhauer, Ari Helenius, Ozgun Gokce, Tambet Teesalu, Jussi Hepojoki, Olli Vapalahti, Christine Stadelmann, Giuseppe Balistreri, Mikael Simons

Science (20 October 2020)(尚、本研究は2020年6月に、Biorxiv誌でプレプリントとして概要が公開されています)

SARS-CoV-2(新型コロナウイルス)は、外側のSタンパク質(スパイク タンパク質)を介し、ヒト細胞膜上のACE2と結合します。この結合が、ウイルスがヒト細胞に侵入することに重要と考えられています。Sタンパク質はさらに、ヒトの細胞がもつタンパク分解酵素TMPRSS2でS1とS2の2つのサブユニットに切断され、この反応もヒト細胞への侵入と感染に重要であるとされています。

ただ、SARS-CoV-2のS1とS2の切断境界付近には、ある特徴的なアミノ酸配列があることが判明していて(01)、今回研究チームはこれに注目したのです。なぜならば、この特徴的配列をフーリン(furin)という酵素が切断した場合、そのS1サブユニット側の断端部分が、ヒト細胞表面のニューロピリン1(NRP1)という分子にぴったり結合できる形になり、その結果細胞内部に取り込まれることが知られるからです(02)。

チームはそこで、Sタンパクを外側にもち、SARS-CoV-2に似た人工ウイルス粒子(pseudovirus)を作成し、これを用いてSARS-CoV-2のヒト細胞への感染能を評価する系をつくりました(03)。その結果、細胞にNRP1が単独で発現するのみではウイルス感染はなかなか起きないことがわかりました。ただ、ACE2とTMPRSS2が発現する細胞にはSARS-CoV-2が感染するわけですが、この2者に加えNRP1を発現させると、ウイルス感染が劇的に増えることがわかったのです。このことは、NRP1が、ACE2とTMPRSS2が発現する細胞へのウイルス感染を増強することを示しています。しかも、ペプチドを認識する部分のNRP1をブロックする抗体(mAb3と呼んでいます)を用いると、上記pseudovirus実験で評価するSARS-CoV-2感染能が抑制されることから、NRP1によるウイルス感染促進作用には、実際にウイルスのSタンパク質とNRP1の結合が関わることもわかりました(04)。

pseudovirusではなく、実際の患者から単離した本物のSARS-CoV-2を用いた解析もおこないました。その結果、pseudovirus実験の際と同様、ACE2とTMPRSS2が発現する細胞へのSARS-CoV-2感染は、さらにNRP1があることで増大することが確認されました。また先のNRP1抗体で、この実際のウイルス感染も抑制できました。

チームは次に少し面白い実験をしています。金属の銀を材料とする微小粒子(silver nanoparticle、AgNP)を作成し、その表面をSARS-CoV-2のS1サブユニットに含まれるペプチドでコートしたのです。これをマウス嗅粘膜へ投与して調べた結果、このAgNP粒子が実際に鼻粘膜上皮細胞に取り込まれることがわかりました。NRP1と結合しないペプチドでコートしたAgNP粒子は取り込まれないことから、NRP1を介するSARS-CoV-2感染機構が実際に生きた動物内でも重要であることがわかりました。

さてそれでは、NRP1はヒトの組織で実際にSARS-CoV-2が感染する細胞に発現しているのでしょうか。チームは過去の研究論文を検索し、新型コロナウイルス感染者の気道細胞にNRP1発現があることや、そもそもヒト気道および鼻粘膜でNRP1とNRP2は強く発現することを確認しました。さらに研究チームは、実際にCOVID-19で死亡した患者の鼻粘膜組織を調べ、NRP1発現細胞が存在すること、そしてこれら細胞にSARS-CoV-2が感染していることを確認したのです(05)。

以上を整理しましょう。本研究では、ACE2/TMPRSS2が発現する細胞へのSARS-CoV-2感染を、NRP1が著しく促進することを示しました。また、NRP1はヒトの気道および鼻粘膜に発現すること、しかもCOVID-19患者では鼻粘膜のNRP1発現細胞に実際ウイルス感染が見られることも示したのです。

論文にも記載がありますが、2003年に小さな流行をした別のコロナウイルス、すなわちSARS-CoVのSタンパク質は、NRP1に認識されるペプチド配列を持ちません。したがって、ACE2/TMPRSS2を使って感染する点は共通するコロナウイルス同士でも、SARS-CoV-2がより猛威をふるっている理由として、NRP1による感染促進機構が関わるのかもしれません

もうひとつこの研究の重要な点は、NRP1に対する抗体でSARS-CoV-2感染がブロックできると示したことです。もちろんこの実験は、NRP1が感染に関与することを示すためのものですが、結果としてこの抗体が感染抑制に働くことがわかり、COVID-19の今後の治療戦略としても注目を集めるかもしれないですよね。

補足

01:S1サブユニット側の切断末端に、フーリン(furin)というセリンプロテアーゼの標的となって切断される、塩基性アミノ酸のアルギニンが集まり並ぶ特徴的配列(Arg-Arg-Ala-Arg)があるのです。

02:ニューロピリン1(NRP1)は、ある特徴をもつタンパク質と特異的に結合します。その特徴とは、C末端側にR/K-X-X-R/Kという4アミノ酸の並びをもつことです。1番目と4番目はアルギニン(R)もしくはリシン(K)のどちらか、という意味です。2番目と3番目はどのようなアミノ酸でも良いという意味です。これを、NRPに結合するC末端ルール(C-end rule)と呼びますが、フーリンで切断されたSARS-CoV-2のSタンパク質のS1ユニットC末端配列(Arg-Arg-Ala-Arg、一文字表記ではR-R-A-R)は、このC末端ルールを満たすのです。

03:SARS-CoV-2のSタンパクを外側にもつpseudovirusを用いています。具体的には、HEK-293T細胞にACE2、TMPRSS2、あるいはNRP1をさまざまな組み合わせで発現させ、これに対するpseudovirus感染を評価する実験系を構築しました。

04:C-end ruleを満たすペプチドと結合するNRP1 のドメイン、すなわちb1b2ドメインをブロックする抗体を作成し、実験に用いています。

05:SARS-CoV-2のSタンパクを認識する抗体と、NRP1タンパクを認識する抗体とで免疫組織染色をおこない、同じ細胞に両者が存在することを示しています。

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