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イマチニブ、ミコフェノール酸、キナクリンは新型コロナウイルスの治療薬候補

新型コロナウイルス感染症COVID-19)は、現時点(2020年11月)において、ヨーロッパで急速な再拡大を示すなど、事態が再び深刻化しています。ただ、さまざまな角度からSARS-CoV-2新型コロナウイルス)の研究が進んでいるのも事実であり、臨床上有効な治療薬とワクチンの早期開発が強く期待されています。

2020年10月28日のNature誌で、新しい治療薬候補を発見したとの研究成果が発表されました。COVID-19の治療薬としてはこれまで、SARS-CoV-2に対する中和抗体の開発がおこなわれているのに加え、多くの薬剤が候補とされてきました。これらには、エボラ出血熱ウイルスやインフルエンザウイルスがもつRNAポリメラーゼの阻害薬など(よくニュースに出てくるレムデシビルやアビガンです)、ウイルス因子を標的とするものも含まれます。今回の研究では、ウイルスのライフサイクルにおける別のステップ、すなわちSARS-CoV-2がヒト細胞に侵入するプロセスを特異的に阻害する薬を、肺オルガノイドや大腸オルガノイドを用いる新しいスクリーニング法で見出したのです。

COVID-19治療の有望な候補薬を示した本研究は、米国NYのワイル・コーネル・メディカル・カレッジを中心としたチームで進められました。論文の筆頭著者はYuling Hanさん、Xiaohua Duanさん、Liuliu Yangさん、Benjamin E. Nilsson-Payantさん、Pengfei Wangさん、Fuyu Duanさん、Xuming Tangさん、Tomer M. Yaronさんの8人、責任著者はHui Wang先生、Lewis C. Cantley先生、Benjamin R. tenOever先生、David D. Ho先生、Fong Cheng Pan先生、Todd Evans先生、Huanhuan Joyce Chen先生、Robert E. Schwartz先生、Shuibing Chen先生の9人です。

Identification of SARS-CoV-2 Inhibitors using Lung and Colonic Organoids

Yuling Han, Xiaohua Duan, Liuliu Yang, Benjamin E. Nilsson-Payant, Pengfei Wang, Fuyu Duan, Xuming Tang, Tomer M. Yaron, Tuo Zhang, Skyler Uhl, Yaron Bram, Chanel Richardson, Jiajun Zhu, Zeping Zhao, David Redmond, Sean Houghton, Duc-Huy T. Nguyen, Dong Xu, Xing Wang, Jose Jessurun, Alain Borczuk, Yaoxing Huang, Jared L. Johnson, Yuru Liu, Jenny Xiang, Hui Wang, Lewis C. Cantley, Benjamin R. tenOever, David D. Ho, Fong Cheng Pan, Todd Evans, Huanhuan Joyce Chen, Robert E. Schwartz & Shuibing Chen

Nature:Published: 28 October 2020 (尚、本研究は、2020年5月の時点でBioRxiv誌でプレプリント12として概要が公開されています)

本研究はいたってstraightforwardな展開で進みます。SARS-CoV-2の主たる標的細胞に2型肺胞上皮細胞があります。また、SARS-CoV-2は腸上皮細胞にも感染します。そこで研究チームは、ヒト多能性幹細胞を用いて、肺オルガノイドと大腸オルガノイドを作りました(01)。そしてこれらオルガノイドにSARS-CoV-2と類似するシュードウイルス、および本物のSARS-CoV-2の両者が感染可能であることを確認しました。最終的に、シュードウイルスを用いたハイスループット・スクリーニングにより、SARS-CoV-2の細胞侵入を阻害する候補化合物を同定し、その作用を検証したのです。

順番に見ていきましょう。チームはまず、多能性幹細胞であるヒトES細胞から段階的分化誘導をおこない、ヒト肺オルガノイドhPSC-LOs:human pluripotent stem cells-lung organoids)を作成しました(02)。このオルガノイドには、実際に肺サーファクタントタンパクを発現する2型肺胞上皮細胞が含まれています。またこの2型肺胞上皮細胞には、SARS-CoV-2が感染する際に必要なACE2などの分子群(03)も発現することが確認できました。

チームは次に、SARS-CoV-2が外側にもつSタンパク質を発現したウイルス(SARS- CoV-2に似せたシュードウイルス)を作成しました。本物のSARS-CoV-2を使うことなく簡便に、ウイルス感染能を評価するためです(04)。本研究ではこのシュードウイルスを、SARS-CoV-2 entry virusと呼んで用いています。培養における感染実験だけでなく、たとえばhPSC-LOsを免疫不全マウスの皮下に移入し、SARS-CoV-2 entry virusを注入すると、このウイルスがhPSC-LOsに感染することも、レポーター分子活性の評価でアッセイできるのです。もちろん本研究では、患者に由来する本物のSARS-CoV-2がhPSC-LOsに感染できることも確認しています。

研究チームは同様の目的で、ヒトES細胞から大腸オルガノイドhPSC-COs:human pluripotent stem cells-colonic organoids)も作りました。そしてhPSC-COsに含まれる細胞も、ACE2などSARS-CoV-2感染に必要な分子群を発現することを見出しました(05)。これを受け、hPSC-LOsの場合と同様に、hPSC-COsを使ってSARS-CoV-2感染の確認もおこないました。その結果、SARS-CoV-2 entry virusと患者由来SARS-CoV-2の両者とも、hPSC-COsに感染できることがわかったのです。

以上の結果、つまりES細胞由来のオルガノイドがSARS-CoV-2感染評価に利用できるとの結果を受け、チームはこれを感染阻害薬剤スクリーニングに用いました。具体的には、hPSC-LOsへのSARS-CoV-2 entry virus感染を阻害する薬剤を、レポーター分子活性を指標としたハイスループットスクリーニングで探索したのです(06)。

結果として、イマチニブ(imatinib)ミコフェノール酸(mycophenolic acid:MPA)、およびキナクリン(quinacrine dihydrochloride:QNHC)の3薬剤が、SARS-CoV-2感染を抑制することがわかりました。イマチニブは、ある種のリン酸化酵素の阻害剤として慢性骨髄性白血病や消化管間質腫瘍に使用される薬剤、ミコフェノール酸は免疫抑制剤、キナクリンは抗マラリア薬です。これら3剤は、スクリーニング後の検証実験、すなわちhPSC-LOsを皮下に移入した免疫不全マウスモデルへのSARS-CoV-2 entry virus感染、および本物のSARS-CoV-2の感染実験においても、生理的な用量で、かつ用量依存性に、抑制効果を示したのです。

本研究は、COVID-19の有望な候補治療薬を、その機序と併せて提示した点で重要なのだと思います。論文の最後に記載されていますが、イマチニブによるCOVID-19患者治療の臨床試験が、現時点で5件登録されているとのことです。これらの臨床試験結果にも注目が集まりそうですね。

また本研究は、ライフサイエンス研究で必要不可欠となりつつあるオルガノイドを、薬剤スクリーニングに用いた例としても重要だと思います。ウイルス治療薬を、実際の感染標的細胞を含むオルガノイドを用いたスクリーニングで見出す戦略は、きわめて合理的ですよね。本研究で明らかとなった化合物が、臨床的にも有効であるというデータが得られれば、オルガノイドが疾患モデルとして有用であるとの認知がいっそう広がるのでしょう。

個人的に驚いたのはこの論文、筆頭著者が8人、責任著者が9人もいることです。こんな状況もあるのですね。ちなみに、責任著者にLewis C. Cantley先生やDavid D. Ho先生など、私でも名前を知っているような大御所が複数含まれていて、何だかスゴイ論文ですよね。

補足

01:近年、オルガノイド技術が大きく進みました。個体発生や器官形成に重要な細胞を、適切な栄養因子、増殖因子、そして細胞外基質を含む環境に配置すると、細胞集団自身がもつ組織構築能にしたがって、特徴的な構造体が作られることが、さまざまな種類の細胞で示されてきました。細胞の自己組織化能にもとづいて形成されるこれら培養体は、構造・機能の点で特定の器官(オルガン)に類似することがわかり、「オルガノイド」と呼ばれます。オルガノイドは本研究のように多能性幹細胞を材料としたり、組織幹細胞を材料としたりして作成できるのです。

02: ES細胞から、内胚葉前方前腸へと誘導し、その後肺前駆細胞成熟肺オルガノイドと順次分化誘導することで、hPSC-LOsを作成しています。

03:前回のブログ記事で書いたように、SARS-CoV-2は自身のSタンパク質と細胞膜上のACE2との結合を介して感染します。このときSタンパク質がタンパク分解酵素TMPRSS2furinで切断されることが重要です。ここでは、作成したhPSC-LOsの2型肺胞上皮細胞に、ACE2、TMPRSS2、およびfurinがいずれも発現することを見出したのです。

04水疱性口内炎ウイルス(vesicular stomatitis virus: VSV)をベースにし、VSVのGタンパク質の代わりにSARS-CoV-2外側のSタンパクを発現し、かつルシフェラーゼをレポーターとするシュードウイルスを作成しました。これをSARS-CoV-2 entry virusとしています。SARS-CoV-2 entry virusを利用すると、細胞への感染をルシフェラーゼ酵素活性の定量的に、しかも本物のSARS-CoV-2を用いることなく評価可能となるわけです。

05:02に書いたと同様、ACE2、TMPRSS2、およびfurinがいずれもhPSC-COsに発現することを示しています。中でも、これら分子の発現はenterocyte吸収上皮細胞)に高く、SARS-CoV-2感染がこのタイプの大腸細胞に特に顕著であるとしています。

06:プレストウィックケミカル社が扱う、米国食品医薬品局(FDA)が承認した既存薬剤ライブラリーをテストしたと記されています。新規治療薬を探す際に、対象疾患(この場合COVID-19)以外ですでに使われている薬から探索する戦略は、ドラッグリポジショニング(drug repositioning)とも呼ばれる魅力的な戦略です。本研究でこのライブラリーを用いたのは、このような背景によるものと思われます。詳しくはわかりませんでしたが、インターネットで調べたところでは、このライブラリーは1280の化合物を含むようです。

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