ライフサイエンス研究とその周辺に関する個人のブログです

アフェクティブ・タッチ(情動的触覚刺激)を脳に伝える脊髄のGPR83神経

優しく触れられ生じる感覚は、幸せな気持ちを生み出しますよね。今回は、アフェクティブ・タッチaffective touch情動的触覚刺激)と言われ情動とリンクする体性感覚伝導に関わる神経細胞(ニューロン)のお話です。脊髄の中で感覚情報を脳に伝えるニューロンの一部に、このような役割をもつものが発見されたというのです。

私たちの体が何かに触れたり、温冷刺激を受けたり、強い痛みを生じる刺激(侵害刺激)を受けたりして生じる体性感覚は、脳で複雑かつ高度な処理をうけ形成されます。乱暴ですが、このプロセスを3つに分けると、1) 各部位での刺激情報が末梢神経を通って脊髄に届くステップ、2) 情報を受け取った脊髄のニューロンが信号を脳に伝えるステップ、そして3) 脳内で処理されるステップ、となるでしょうか。

3) に「脳内で」と簡単に書いたものの、これだけも複雑です。というのは、私たちの脳は体性感覚を処理し、識別的(discriminative)情報として受容するだけでなく、快・不快につながる情動的(affective)情報としても受容するからです。たとえば極端な機械刺激や温冷刺激は、嫌悪感や不快感を生じる痛みとしても認識され、情動に強く関わることは誰もが経験をもつところでしょう。ただ、体性感覚受容が情動を調節する脳領域とどう関わるかについては、まだ不明な点が多いようなのです。

このような中、体性感覚受容に関して、むしろ2)のステップ、すなわち脊髄ニューロンの情報伝導に着目した面白い研究が公開されたのです。体の各部の感覚情報を受け取り、これを脳へ伝える脊髄ニューロン群は、脊髄内で特定の部分を通ります。今回の研究では、脊髄内で脳に向かうある神経伝導路に含まれるニューロンを調べた結果、少なくとも二つのタイプがあることを見出したのです。しかもそのうちのひとつ、GPR83分子を発現するニューロン群は、情動的触覚刺激(affective touch)の伝導に関わるというのです。

脊髄で新しいニューロン集団を同定しそのユニークな機能を示した本研究は、米国ハーバード大学を中心としたチームでおこなわれたもので、2020年10月28日にNature誌で公開されました。論文の筆頭著者はSeungwon Choiさん、責任著者はDavid D. Ginty先生です。

Parallel ascending spinal pathways for affective touch and pain

Seungwon Choi, Junichi Hachisuka, Matthew A. Brett, Alexandra R. Magee, Yu Omori, Noor-ul-Aine Iqbal, Dawei Zhang, Michelle M. DeLisle, Rachel L. Wolfson, Ling Bai, Celine Santiago, Shiaoching Gong, Martyn Goulding, Nathaniel Heintz, H. Richard Koerber, Sarah E. Ross & David D. Ginty

Nature: 28 October 2020

体の各部から受け取った触覚、温冷覚、侵害刺激情報を上行性に伝える脊髄ルートの一つに、脊髄前外側路があります。本研究では、ここに含まれるニューロンに注目しました。ちなみに、脳における感覚情報の主要な中継地点は視床です。したがって当然、脊髄前外側路ニューロン群は視床に投射します。ただ、ここに含まれるニューロンは、脳幹の一部である橋(きょう)PBNLという領域に軸索を伸ばすことも知られてきました。脊髄と橋のこの部を結ぶニューロンを、SPBニューロンと呼びます(01)。

研究チームは、マウスのSPBニューロンに2つのタイプがあることに気づきました。ひとつはGpr83という分子、もうひとつはTacr1という分子を発現するニューロンです。Gpr83+ニューロンTacr1+ニューロンの分布を調べたところ、これら2タイプのSPBニューロンが実際にPBNLに神経線維を伸ばすことや、視床など脳のさまざまな部位に連絡することが確認できました(02)。

両者の分布をさらに調べた結果、それぞれが形成するシナプスの分布が一致しないことから、この2タイプのSPBニューロンが異なる細胞集団であることが明らかになりました。また、橋のPBNL部を詳細に調べた結果、Gpr83+ニューロンとTacr1+ニューロンが軸索を伸ばしシナプスを形成する様子がここでもやはり異なることがわかりました(03)。

研究チームはさらに、どのような末梢神経刺激が脊髄のGpr83+ニューロンとTacr1+ニューロンを活性化するのかも調べました。その結果、Gpr83+ニューロンは主として機械刺激に応答するのに対し、Tacr1+ニューロンは温冷刺激に応答することがわかり、ニューロン活性化を誘導する上流刺激でも両者が異なることがわかったのです。ただ、極度の冷却刺激(0˚C)や温熱刺激(54˚C)を与えた場合には、Gpr83+とTacr1+の両ニューロンが活性化することも明らかとなっています(04)。

さてそれでは、脊髄のGpr83+ニューロンとTacr1+ニューロンは、それぞれどのような働きをもつのでしょうか。研究チームはこれを調べるため、オプトジェネティクスでこれら2種のニューロンを別々に活性化させ、何が起きるかを調べました(05)。その結果、Gpr83+ニューロンもTacr1+ニューロンも、それぞれを『強く』活性化すると、マウスが著明な逃避行動を示すことがわかりました。ただ、その際の行動パターンは2者で異なり、Gpr83+ニューロン刺激では前方への動き(forward locomotion)が主なのに対し、Tacr1+ニューロン刺激では後方への逃避(backward retreat)とジャンプ(jumping)が主に見られました。また、それぞれのニューロンの『強い』活性化で、ともに瞳孔散大が見られましたが、これについてもGpr83+ニューロン活性化では一過性であるのに、Tacr1+ニューロンでは持続するなど、やはり違いがありました(06)。

研究チームはさらに、Gpr83+ニューロンやTacr1+ニューロンが、体性感覚の情動的受容に関わる可能性も調べました。先と同様、オプトジェネティクスでこれらニューロンを『強く』活性化させると、場所嫌悪性(place aversion)を示すことがわかり、これらニューロンが情動、しかも負の感情価(negative valence)と関与することが明らかとなりました。それではこれらニューロンは、正の感情価(positive valence)にも関わるのでしょうか。

このことを調べるため、研究チームは特殊な実験条件を設定しました。すなわち、レバーを押すと、オプトジェネティクスの仕組みにより、Gpr83+ニューロンまたはTacr1+ニューロンが『さまざまに調節可能な強度で』活性化されるようにしたのです。その結果、レバー操作でGpr83+ニューロンを『低い強度で』活性化するよう設定した場合、マウスは好んでレバーを繰り返し押すようになったのです。このことは、『低い強度での』Gpr83+ニューロン活性化が、正の感情価(positive valence)を喚起していることを示しています。またこの条件では、先とは逆に場所嗜好性(place preference)を示すこともわかり、『低強度での』Gpr83+ニューロンが「快情動」を誘導することが明らかとなったのです。

整理しましょう。研究チームは、脊髄前外側路を構成し、橋のPBNLに投射するニューロンにはGpr83+ニューロンTacr1+ニューロンがあることを見出しました。この2者は、感覚情報を送ってくる末梢神経の種類、橋のPBNL部やそれ以外の脳で形成するシナプスの分布、さらに活性化させた場合の行動試験結果のいずれからも、異なるニューロン集団であることを示しました。そして面白いことに、この両者は体性感覚が情動応答を誘導する仕組みに関わることがわかりました。つまり、両者とも『強い』活性化では負の感情価(negative valence)を生じる一方、Gpr83+ニューロンは、低い強度で、すなわち『マイルドに』活性化された場合、正の感情価(positive valence)を喚起することがわかったのです。

そっと手を握られたり、優しく撫でられたりすることによる触覚刺激受容が、視床を経て一次体性感覚野に届く一方で、これと並行し、Gpr83+ニューロンという特定の経路を通じて「心地よさ」という情動を生み出しているとのストーリー、面白いですよね。

もしもGpr83+ニューロンを『マイルドに』活性化させる薬があれば、無刺激状況でも手を握られたり撫でられたりしているかのような幸福感を感じられるのでしょうか。逆に、強い痛みがあるときに、『強く』活性化されたGpr83+ニューロンを抑制できれば、痛みを心地よい感覚に変換できるのでしょうか。いずれも興味深いですよね。

補足

01:脊髄前外側路ニューロンは、下部脳幹の橋の腕傍核外側部(lateral parabrachial nucleus of the pons; PBNL)にも投射します。脊髄からここに投射をもつ神経をspinoparabrachial(SPB)ニューロンと呼ぶのです。

02:研究チームは、各々のニューロンの軸索分布を調べるため、dual-recombinase-dependent reporterマウスを用いています。具体的には、Gpr83(もしくはTacr1)遺伝子座にCre-ERT2を持つマウス、Lbx1遺伝子座でFlpを発現するマウス(脊髄特異的Flpリコンビナーゼ発現マウス)、およびRosa26遺伝子座にLSLとFSFに続きtdTomatod(蛍光蛋白)をもつマウスを交配したレポーターマウスを用いています。Lbx1を発現する脊髄細胞で、かつGpr83(もしくはTacr1)を発現する細胞でのみ、CreとFlpリコンビナーゼによる組換えが生じtdTomatoが発現します。このシステムでの解析の結果、Gpr83+ニューロンとTacr1+ニューロンが数の上でほぼ同じくらいあること、それから両者がそれほどオーバーラップしない異なるニューロン集団であることがわかりました。

03:Gpr83+ニューロンはPBNDL(dorsal lateral)やPBNEL(external lateral)に、一方Tacr1+ニューロンはPBNLの中でもPBNCL(central lateral)に投射するとしています。

04:上流刺激後の神経興奮は、全細胞パッチクランプ法で解析しています。それから、本文には書きませんでしたが、脊髄Gpr83+ニューロンとTacr1+ニューロンをそれぞれ活性化させる末梢神経は、前者はMrrgprb4+ニューロンやNtrk+ Ad繊維などの機械刺激受容ニューロンであるのに対し、後者はCGRP+ peptidergic nociceptor terminalであることも示しています。

05:オプトジェネティクスの実験においても、02と同様、dual recombinaseシステムを使っています。このマウスでは、脊髄Gpr83(もしくはTacr1)+ニューロンだけでreaChR(read-shiftチャネルロドプシン)が発現するので、PBNL領域への光刺激により、ここへ軸索を伸ばすGpr83(もしくはTacr1)発現細胞のみが活性化され、これらからシナプス連絡を受ける細胞群が興奮することとなります。

06:体性感覚システムが自律神経調節と連動する現象を示していますが、その仕組みもGpr83+ニューロンとTacr1+ニューロンをそれぞれ活性化した場合では異なることを示しているのです。

最新情報をチェックしよう!