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母体から胎児に移行するIgEが出生後アレルギーの原因となる

気管支喘息アトピー性皮膚炎食物アレルギーアレルギー性鼻炎などを含むアレルギー性疾患は、子ども世代におけるもっとも重要な医療上の課題のひとつでしょう。有効な治療や予防が可能になれば、その意義は計り知れません。ただ、この時期のこれら疾患発症の原因には、まだまだ不明なことも多いのです。たとえば病因のひとつとして、遺伝が関与することは示唆されてきたものの、詳細が解明されているわけでもないのです。

このような中、興味深い研究成果が報告されました。出生後早期でのアレルギー疾患の発症に、母体のIgE抗体が胎児に移行する仕組みが関わるというのです。つまり、母親のアレルギー素因が子どもに受け継がれる理由として、遺伝子を継承するいわゆる文字通りの『遺伝』ではなく、IgEという物質の移行を介した非遺伝的仕組みも関わるというのです。

母子間におけるアレルギー素因の伝播に関する新しい仕組みを、主としてマウスの実験により提示した本研究は、シンガポール科学技術研究庁(A*STAR)およびシンガポール国立大学(NUS)を中心としたチームでおこなわれました。論文の筆頭著者はRasha MsallamさんとJozef Ballaさんの2人、責任著者はAshley L. St. John先生とFlorent Ginhoux先生の2人で、2020年10月29日にScience誌で公開されました。

Fetal mast cells mediate postnatal allergic responses dependent on maternal IgE

Rasha Msallam, Jozef Balla, Abhay P. S. Rathore, Hassen Kared, Benoit Malleret, Wilfried A. A. Saron, Zhaoyuan Liu, Jing Wen Hang, Charles Antoine Dutertre, Anis Larbi, Jerry K. Y. Chan, Ashley L. St. John, Florent Ginhoux

Science: 29 October 2020

今回の研究のポイントは2つあります。ひとつは、アレルギー反応に重要な役割を果たすマスト細胞が、胎児発生過程ですでに一定の機能をもつことを示したことです。もうひとつは先にも書いたように、マスト細胞活性化に関わるIgE抗体が、胎盤を通り母体から胎児へ移行することを示したことです。

では少し、背景からみていきましょう。マスト細胞は全身の組織に分布し、アレルギー反応に深く関わる細胞です。マスト細胞が活性化されると、ヒスタミンロイコトリエンなどの化学伝達物質を含む顆粒を細胞外に放出し(脱顆粒反応)、アレルギー反応を引き起こすのです。

では、マスト細胞はどのように活性化されるのでしょうか。ここに、今回の話の中心であるIgEが関わるのです。免疫細胞が特定の抗原(アレルゲン)に対し産生するIgEは、マスト細胞に出会うと、その表面にあるFcεRIという受容体と結合します。この状態は『感作』された状態と呼ばれます。もちろんIgEは抗体ですから、それぞれの抗原とも結合することができます。この両結合が生じた状況、つまりまずIgEがマスト細胞FcεRIと結合し『感作』の状態が生じ、その後さらにIgEと抗原が結合して架橋された場合に、マスト細胞の活性化すなわち脱顆粒反応が起こるのです。もう一度整理しておきましょう。アレルギー反応は、1) アレルギーの原因となる抗原(アレルゲン)2) この抗原と特異的に結合するIgE抗体、および3) FcεRIを発現する成熟したマスト細胞、の3者が揃うことにより、引き金が引かれるというわけです。

チームはまず、そもそも胎児内にマスト細胞がいるのかどうかを詳しく調べることから始めました。そしてマウス胎児皮膚組織の中に、マスト細胞と考えられる分子発現パターンを示す細胞が認められたとしたのです(01)。重要なことにこれら細胞の表面には、IgEと結合するFcεRIが、生後マウスのマスト細胞よりはレベルが低いものの、確かに発現することもわかりました。

ではこれら細胞は、成体のマスト細胞と同様IgEと結合し、アレルギー反応を開始できるのでしょうか。チームはこれを調べるため、妊娠している母マウスにIgEを移入し、胎児が感作されるかどうかを調べました(02)。具体的には、TNP(トリニトロフェノール)という抗原に特異的なIgE(TNP-IgE)を母マウスに投与し、胎児を調べたのです(03)。その結果、投与したTNP-IgEが胎児マスト細胞上に結合していることが確認できました。またTNP-IgE結合マスト細胞は、皮膚以外の肺組織にも分布していました。

胎児マスト細胞の働きを調べるため、上記と同様に妊娠マウスにTNP-IgEを投与し、胎児マスト細胞を皮膚から採取し、TNPを付加した卵白アルブミン(OVA)(TNP-OVA)で刺激しました。その結果、胎児マスト細胞が脱顆粒反応を起こすことがわかりました。さらにチームは、TNP-IgEを投与した母マウスから生まれた新生児マウスの皮膚にTNP-OVAを塗布し、個体レベルでの反応も調べました。その結果、実際に皮膚アレルギー反応が生じることもわかりました(04)。以上より、母体の抗原特異的IgEが胎児に流入し、胎児マスト細胞と結合し、その後再度抗原に出会うことでアレルギー反応を惹起することが明瞭に示されたのです。

研究チームはこの後、能動感作による気道アレルギーモデルを用いた場合にも、同じように母子間でアレルギー応答が伝播することを示しています(05)。

本研究以前には、母体のIgEが胎児に移行するとはあまり考えられていませんでした。それでは本研究で示した母体から胎児へのIgE移行は、一体どのような仕組みで生じるのでしょうか。研究チームはこれについて、別のクラスの抗体であるIgGが母体から胎児へ移行する仕組みに注目しました。そして、IgG移行に関わるFcRN(neonatal Fc receptor)分子が、IgE移行にも関係するのではないかと考えたのです。これを調べるため、先に用いた受動感作と能動感作によるアレルギーモデル実験を、FcRNのノックアウト(KO)マウスでおこないました。その結果、FcRN KOマウスでは、胎児へのIgE移行が起きないことを反映し、仔におけるアレルギー反応が野生型マウスの仔のそれと比べ減弱することがわかりました。これにより、仮説の通り、母体から胎児へのIgE移行にFcRNが重要な役割をもつことがわかったのです。

研究チームは最後に、マウス実験で明らかとなったことが、ヒトでも同様に見られるかを検証しました。そのために、インフォームドコンセントのもと採取した妊娠中期(14-22週)のヒト胎児組織を利用し、いくつかの実験をおこないました。その結果、ヒト胎児皮膚組織中にFcεRI+マスト細胞が存在し、これに結合するIgEがあることも確認できました。これらの結果は、ヒト胎児においても、アレルギー反応を活性化するポテンシャルをもつマスト細胞が存在することを強く示唆しているのです。

面白い研究ですよね。一般的に、十分な抗体産生能を持たない出生直後の子供に見られる抗体は、胎児期に胎盤を通って移行した母体由来のものとされてきました。しかしながら、IgE抗体も母体から胎児に移行するとは知られていなかったのです。本研究の成果は、出生直後の子供が自身でIgEを産生するよりも早い時期に、しかも感作のステップを経ることなくアレルギー症状を呈しうることのメカニズムとして注目を集めるかもしれません。

また本研究成果は、アトピー体質の遺伝と考えられてきた現象の一部に、非遺伝性メカニズムの関与を提示した点でも重要だと思います。遺伝情報の伝播ではなく、IgEという物質の伝播による病態が関わるのならば、母から胎児へのIgE移行を阻害することによって、新生児・乳児期におけるアレルギー疾患の一部を抑制することなどもできるかもしれないですよね。今後このような研究展開にも注目していきたいなぁ、と思います。

補足

01フローサイトメトリーで調べています。細胞表面で特定の分子群(CD45、F4/80、CD11b、CD90、MHCII、CD117、CD200R)が発現するパターンにより、マスト細胞が含まれるか否かを解析しています。

02:実験的にアレルギー反応を解析する場合、二つの方法があります。ひとつは受動感作と呼ばれる方法です。特定抗原で動物免疫を賦活し、これに対して産生されたIgEを採取します。そして、抗原特異的なこのIgEを別個体に移入します。移入を受けたマウスでは、移入されたIgEがマスト細胞と結合して感作が成立するので、続いてこの抗原を投与されることでアレルギー反応が生じます。もうひとつは能動感作と呼ばれる方法です。この方法では、動物を抗原に暴露させ、自身の免疫細胞で抗原特異的IgEが産生されるようにして感作を成立させます。これに続き、2回目以降の抗原暴露をおこなうことにより、アレルギー反応が引き起こされるのです。

03:TNP(トリニトロフェノール)特異的IgEによる受動感作をおこなった後にTNPを投与することで、アレルギーが誘発できます。TNP単独ではなく、TNPを付加した卵白アルブミン(OVA)を投与することでもマスト細胞の反応をみることが可能です。

04:対照群としては、TNP-IgEで受動感作していない母マウスから生まれた仔を用いています。対照群の皮膚には変化が無かったことも示されています。

05:この実験では、妊娠前の雌マウスをブタクサ花粉抽出物(ragweed pollen extract)に暴露し、能動感作する方法を用いています。その後これらマウスが妊娠し出産した後、仔にアレルゲンを点鼻投与し、反応を調べています。事前に感作されなかった母から生まれた対照群の仔に比べ、感作されたマウスの仔においては、気道組織への好酸球の浸潤、マスト細胞の脱顆粒反応、および気道過敏性の亢進など、能動感作したマウス自身に抗原チャレンジした際と同様の変化が見られました。

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