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動脈硬化のマーカーにも治療標的にもなるか? ALDH4A1

アテローム動脈硬化あるいは粥状(じゅくじょう)動脈硬化という言葉、聞いたことあるでしょうか? 大動脈や冠動脈(心臓に栄養を送る動脈)、脳や頚部の動脈など、一定の太さをもつ動脈に生じる変化です。動脈の内側が傷つくことに始まり、血管壁内部にコレステロールなどの脂肪が粥状、つまり「おかゆ」のような状態で蓄積し、血管壁が厚くなるのです。アテロームまたはプラークと呼ばれるこういう構造が破綻すると、血栓ができて血流を遮断します。これが急性心筋梗塞脳梗塞など、怖い病気の原因となるのです。アテローム動脈硬化が生じる仕組みは盛んに研究されています。ただ、完全に予防したり治療したりするのはまだまだ難しい状況です。

そのような中、最近、ユニークなアプローチでアテローム内部に含まれる分子を同定した、という研究が報告されました。しかもこの研究で明らかになったALDH4A1という分子が、アテローム動脈硬化の診断マーカーや、進行を抑える治療標的になるかもしれないというのです。アテローム動脈硬化で生じる自己抗体の抗原を同定し、このような発見に至った興味深い研究は、2020年12月2日、Nature誌で公表されました。筆頭著者はCristina Lorenzoさん、責任著者はAlmudena R. Ramiro先生で、スペインのCentro Nacional de Investigaciones Cardiovasculares(CNIC)からの論文報告です。

ALDH4A1 is an atherosclerosis auto-antigen targeted by protective antibodies

Cristina Lorenzo, Pilar Delgado, Christian E. Busse, Alejandro Sanz-Bravo, Inmaculada Martos-Folgado, Elena Bonzon-Kulichenko, Alessia Ferrarini, Ileana B. Gonzalez-Valdes, Sonia M. Mur, Raquel Roldán-Montero, Diego Martinez-Lopez, Jose L. Martin-Ventura, Jesús Vázquez, Hedda Wardemann & Almudena R. Ramiro

Nature: 02 December 2020

動脈壁でのアテローム形成過程に、マクロファージなど免疫細胞が関わることはよく知られます。ただ、他の免疫細胞、たとえば抗体を産生するB細胞が関与する詳細や、その重要性はあまり解明されていなかったようです。研究チームはこの理由として、アテローム形成に関与する酸化LDLなど(01)、特定の抗原に対するB細胞応答のみが調べられてきたからだと考えます。

そこで研究チームは、LDLRノックアウト(KO)マウスをモデルとし(02)、アテローム形成過程でのB細胞応答と抗体産生の変化を、幅広く調べることとしました。具体的には、高コレステロール脂肪食(high cholesterol and fat diet: HFD)を与えたLDLR KOマウス(LDLR KO HFDマウス)の脾臓からB細胞/形質細胞を集め、その免疫グロブリン遺伝子のレパトアの変化を網羅的に、シングルセルレベルで解析したのです(03)。その結果まず、LDLR KO HFDマウスの細胞において高い体細胞突然変異やIgG2サブタイプへのクラススイッチが見られるなど、明らかな変化が生じたことがわかりました(04)。

研究チームはさらに、LDLR KO HFDマウスで増えたB細胞系列に着目しました。そして、これら細胞が各々もつ免疫グロブリン遺伝子配列に基づいて、これらが産生する抗体をリコンビナント抗体として作成しました。そしてこれら抗体が認識する抗原の分布を知るために、免疫染色解析をおこなったのです(05)。その結果、作成した抗体の3分の1(56種のうち18抗体)が、動脈硬化プラークに反応することがわかりました。つまり、動脈硬化が進展する過程で産生される抗体の中で、動脈硬化プラークに含まれる抗原に実際結合するものがあったわけです。

研究チームはこの中で、A12と名付けた抗体に注目しました。なぜならこの抗体は、アテローム動脈硬化の進展にともないその染色反応が強くなること、さらにはヒトの動脈硬化巣にも反応することがわかったからです。これは、A12抗体の認識抗原が、アテローム動脈硬化の進行と関わる可能性を強く示唆しているのです。

研究チームは、A12抗体の認識抗原同定を試みました。そして、免疫沈降で回収した抗原を液体クロマトグラフィーと質量分析で分析した結果、A12が結合するのはALDH4A1(Aldehyde Dehydrogenase 4 Family Member A1)という分子であることを突き止めたのです(06)。

A12抗体の認識抗原が判明したことにより、さらに色々なことがわかりました。たとえば、別のアテローム動脈硬化モデルマウス、ApoE KOマウス、においても血中抗ALDH4A1抗体価が上昇していました。つまりALDH4A1に対するB細胞応答は、LDLR KOマウスという特別なモデルに限られた現象ではないのです。さらに研究チームはヒトにおけるALDH4A1に関して調べ、ALDH4A1抗原が動脈硬化プラークで強く発現することを確認しました。しかも、頸動脈に動脈硬化プラークがある患者集団での血漿ALDH4A1が、対照群と比較し有意に高いこともわかったのです。これらのことは、血漿ALDH4A1値がヒトにおいて動脈硬化の進展を評価するバイオマーカーになる可能性を示しているのです。

最後に研究チームは、A12抗体がアテローム動脈硬化の進展にどういう作用をもつかを調べました。そのために、LDLR KO HFDマウスに対し、A12抗体を静脈投与したのです。その結果、A12抗体投与群では、コントロール抗体群に比較してプラークが有意に小さくなりました。しかもA12抗体投与群では、血漿LDLやコレステロールが低下し、肝臓での栄養代謝関連タンパク質の発現や、脂質代謝プロファイルも大きく変化しました。つまり、抗ALDH4A1抗体投与が、アテローム動脈硬化と脂質プロファイルの改善を促す有効な治療となる可能性が示されたのです。

面白い研究ですよね。まずこの研究のカギは、アテローム動脈硬化にB細胞/形質細胞が産生する抗体が関わる可能性に注目し、特定の抗原に限定することなく、先入観なしに、広く客観的に抗体解析をおこなう戦略をとったことにあります。これにより、動脈硬化との関連が知られていなかったALDH4A1の同定につながり、しかもこれがアテローム動脈硬化の診断や治療に有用となることを発見したのです。

この研究では、ALDH4A1分子がプラークに発現して病態に関与する仕組みや、この分子を抗体で中和することで治療効果が得られる仕組みについては調べられていません。しかしながら、虚血性心疾患や脳血管障害に直結する動脈硬化の診断、進展度評価、そして新しい治療開発につながるこの発見、とても意味ある研究だなぁと思いますし、今後の展開に注意したいと思います。

補足

01: コレステロールなど脂質は、タンパク質と結びついたリポ蛋白として循環しています。このひとつがLDLです。動脈壁に入り込んだLDLは酸化LDLになります。それを処理するためにマクロファージが集積しますが、酸化LDLを取り込んだマクロファージの細胞体やLDLが含むコレステロールなどが柔らかい沈着物として蓄積しプラークができるのです。

02: LDLRはリポ蛋白LDLの受容体(LDL Receptor)で、LDLが細胞に入るときに必要です。LDLR KOマウスではLDLの細胞内取り込みが阻害されるので、高LDL血症を呈し、コレステロールが動脈壁に集積し、アテローム動脈硬化が進行するのです。

03: B細胞が成熟分化した形質細胞(プラズマ細胞)が抗体を分泌します。私たちの体は、多様な抗原に対する抗体を産生します。ただ、各々のB細胞/形質細胞が状況に応じてさまざまな抗体を産生するのではありません。個々のB細胞/形質細胞は、特定の抗原に対する抗体を産生するよう抗体遺伝子を組換えて成熟します。そしてこのようなB細胞/形質細胞が膨大な数で存在するため、結果として個体には多様な抗体ができるのです。B細胞系の分化成熟は、脾臓やリンパ球にある胚中心(germinal center)で起きます。本研究では、脾臓の胚中心から採取したB細胞/形質細胞において、抗体をコードする遺伝子の解析をおこなったのです。

04: 抗原特異的抗体を産生するB細胞は、異なるクラスの免疫グロブリンを産生するよう変化します。これを抗体のクラススイッチを呼びます。また、抗体遺伝子の可変領域に体細胞変異(somatic hypermutation)がひき起こされ、抗原親和性が変化することも知られます。LDLR KO HFDマウスでみられた変化はしたがって、HFDにともなうアテローム動脈硬化の形成に、B細胞の分化成熟が連動したことを示しているのです。

05: 抗体遺伝子配列情報だけでは、残念ながらこれがコードする抗体の認識抗原は推測できません。したがって、興味の対象とする抗体が実際どのような抗原を認識するかを、組織検体を用いる免疫染色実験で調べたのです。

06: 抗体が認識する抗原を特定するステップです。A12抗体の認識抗原が含まれる組織から抽出した成分を抗体と混合します。そうすると A12と抗原が試験官内で特異的に結合します。この抗原抗体複合体を、雑多な混合物の中から選別して純化します。これを免疫沈降法と呼んでいます。そして最終的に、A12と結合していた因子を回収し、質量分析で解析したのです。

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