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15-PGDH阻害で加齢による骨格筋変化「サルコペニア」を治療できる?

老化すると骨格筋量は減少し、筋力も低下します。加齢によるこのような変化はサルコペニア(sarcopenia)と呼ばれます。予防のためにはタンパク質摂取や継続的な運動が有効とされますが、食事はともかくすべての高齢者に筋トレを勧めるわけにもいかないですよね。また、サルコペニアに至った場合の改善法についても、運動以外に明らかに有効なものは今のところ無いのだと思います。

最近の研究で、老化したマウスやヒトの骨格筋である酵素分子の発現が高くなっていることが発見されました。しかもこの15-PGDHという酵素を阻害すると、老年マウスの骨格筋量や筋力が回復するというのです。サルコペニアの予防や治療につながる可能性を秘めたこの成果は、2020年12月10日、Science誌で公開されました。筆頭著者はA. R. Pallaさん、責任著者はH. M. Blau先生で、米国スタンフォード大学のグループからの報告です。

Inhibition of prostaglandin-degrading enzyme 15-PGDH rejuvenates aged muscle mass and strength

A. R. Palla, M. Ravichandran, Y. X. Wang, L. Alexandrova, A. V. Yang, P. Kraft, C. A. Holbrook, C. M. Schürch, A. T. V. Ho, H. M. Blau

Science: 10 December 2020

本研究をおこなったチームは以前、ダメージを受けた骨格筋の再生にプロスタグランジンE2(prostaglandin E2; PGE2)という物質が重要だと発表しました。プロスタグランジンはさまざまな種類をもつ脂質であり、それぞれ多彩な作用を有し生理活性脂質と呼ばれます。細胞膜構成成分を材料として種々のプロスタグランジンが生成されますが、そのうちのひとつであるPGE2も、発熱や痛みに関わる作用や平滑筋への作用など、さまざまな生理作用を示します。研究チームは上記を背景とし、老化にともなう骨格筋変化にPGE2の作用低下が関わるのではと考えたのです。

骨格筋中のプロスタグランジンを調べた結果、老年マウス(生後24-28ヶ月)の骨格筋のPGE2PGD2のレベルが若年マウス(生後2-4ヶ月)に比べ著明に低いことがわかりました(01)。生体内でPGE2とPGD2が分解される一連の反応は、15-PGDHという酵素による反応から始まることが知られます。そこでチームは、骨格筋におけるこの酵素について調べました。その結果、老年マウスの骨格筋で15-PGDHの発現とその酵素活性が高くなっていることがわかりました。さらに過去の遺伝子発現研究データを調査したところ、ヒトでも老年者の骨格筋で15-PGDH発現が増加していることが明らかになりました。すなわちヒトでもマウスでも、老化した骨格筋ではプロスタグランジン分解に関わる15-PGDHが増加し、PGE2とPGD2レベルが低下しているというのです。

研究チームは、15-PGDHを阻害すればPGE2やPGD2の分解が抑制され、ひいては老化にともなう骨格筋変化を改善できるのではと考えました。ヒトと同様に、老年マウスでも骨格筋量の減少と筋力低下が生じます。そこで、15-PGDHの阻害によってこの症状が良くなるか否かを調べたのです。その結果この仮説がまさに正解で、老年マウスの前脛骨筋や腓腹筋で15-PGDHをノックダウンすると(02)、PGE2とPGD2の発現量が増大するとともに、筋肉量と筋力が増大することがわかったのです。老年マウスでのサルコペニア回復は、遺伝子ノックダウンの代わりに15-PGDH阻害剤を投与することでも確認できました(03)。SW033291という薬を投与したマウスでは、やはり骨格筋のPGE2とPGD2量が増大し、筋肉断面の筋線維面積で評価する筋量が増加し、筋力も増大したのです。

逆の検証もおこないました。つまり、若年マウス骨格筋で15-PGDHの働きを高めると、老化と同様の変化が生じるかを調べたのです。このために骨格筋に15-PGDH遺伝子を強制発現させると(04)、たしかにPGE2とPGD2の量が減少し、しかも筋量と筋力が低下することがわかりました。さらにこのとき、骨格筋萎縮の過程で働くことが知られている遺伝子群(アトロ遺伝子群)の発現が増加することもわかったのです。

さて、15-PGDHはPGE2とPGD2の両者の分解に関わります。では実際には、老化で生じるPGE2とPGD2の低下のうち、どちらがサルコペニアに関わるのでしょうか。少しややこしいですが、研究チームはこれを調べるため、PGD2の合成酵素を阻害し新規合成を止めた上で15-PGDHを阻害する実験をおこないました。この方法では15-PGDH阻害でPGE2だけの増加が得られることになるわけです。この実験においても骨格筋量と筋力の回復がみられたことから、PGD2ではなく、PGE2が老化による骨格筋変化に関与することがわかったのです。

整理しましょう。本研究では、骨格筋老化に伴って15-PGDHの発現と活性が高まる結果、PGE2の分解促進により量が減少し、筋量と筋力の低下(サルコペニア)が生じることを示したのです。そして実際15-PGDHを阻害すると、老年マウスのサルコペニアが改善することも明らかにしたのです。

このあと論文では、15-PGDH阻害剤投与で老化骨格筋の改善が生じる現象に、どのようなメカニズムが関わるのかを解析しています。詳細は書きませんが、ここではSW033291を投与した老年マウス(サルコペニアが改善する群)と投与しない老年マウス(サルコペニアが生じる群)の骨格筋発現遺伝子を比較解析しています。その結果、1) 筋萎縮に関わるユビキチン化酵素(muscle-specific atrophy-related E3 ubiquitin ligases)の遺伝子群、2) TGF-βシグナル伝達経路に関わる遺伝子群、3) ミトコンドリアで酸化的リン酸化やATP合成に関わる遺伝子群、が大きく変化することがわかり、これらパスウェイがサルコペニア改善に関わる可能性が示されました。

サルコペニアは、老化してゆく個人にとって重大な問題であるとともに、社会的にも高齢者集団の身体機能低下に直結し、健康寿命や介護の問題と関係する重要な課題です。したがってその成因の一端を明らかにした本研究は、きっと注目を集めることと思います。研究チームは、老化で15-PGDH発現が増加する理由は何であるのかなど、今後の研究が必要としています。ただ、不明な点があるにしても、15-PGDH阻害剤でマウスのサルコペニアが改善を示したという事実は、薬でサルコペニアの予防と治療が実現できる可能性を示しているのですから、今後の展開から目が離せないですよね。

補足

01液体クロマトグラフィータンデム質量分析(LC-MS/MS)で解析しています。液体クロマトグラフ(LC)で分離した分析成分をイオン化し、質量分析計(MS)で分離したのちに、特定の質量イオンを分離させ、それらを質量分析計で検出するのです。

02: 15-PGDH発現をノックダウンするためのshort hairpin RNA(shRNA)を、アデノ随伴ウイルスベクターを用いて骨格筋内に導入しています。具体的には、shRNAを組み込んだAAV9を筋肉内注射で投与しています。

03: SW033291の1日1回腹腔内投与を、1ヶ月続けて効果を観察しています。

04: AAV9ベクターを用いて、CMVプロモーター支配下で15-PGDHを発現するようにデザインした遺伝子を、骨格筋内に導入しています。

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