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薬物やアルコール依存の治療薬候補 イボガインのアナログ

イボガインアナログ、と言われても、何ですか?ってなりますよね。

今回は依存症に関わる研究の話です。薬物依存アルコール依存は、個人の健康だけでなくさまざまな社会問題とも関わる難しい問題ですよね。依存症患者の回復の過程は、医療機関だけでなく家族や自助グループや民間施設などの助けも必要とする、長い時間をかけた戦いなのだと思います。アルコール依存にはいくつか治療薬もありますが、より有効で、しかも他の薬物依存にも使える治療薬があれば、そのメリットは大きいことでしょう。

乱用が問題となる薬物には色々な種類がありますが、その多くは中枢神経系に作用します。したがって、乱用される薬物が一方でヒトのある種の精神・神経疾患治療に有効、などということが生じることがあるのです。たとえば、鎮痛や沈静、あるいは嘔吐の抑制などの目的で大麻を医療に利用する考えは、このひとつの例と言えるでしょう。ちなみにここでは医療用大麻の合法化を唱えるわけではありません、念のため。

さてそれで、今回取り上げる研究も、問題となる精神・神経作用をもつ一方で、治療薬としても有効かもしれないとされてきた物質に端を発する話です。アフリカに多いイボガという植物の根皮に含まれるイボガイン (ibogaine) という物質があるのです。このイボガイン、強い幻覚作用をもつ上に、大量に服用すると致死的不整脈の原因になるなど問題があり、複数の国で販売や所持が規制されている物質です。ただ古くから、オピオイド(ヘロイン、モルヒネなど)依存症やアルコール依存症の治療に有効である可能性が示されてきた薬でもあるのです。

最近、イボガインをベースとし、依存症治療に有効性をもつ類縁化合物を発見したという研究が公開されました。機能指向型合成(function-oriented synthesis; FOS)というアプローチで、イボガインが有する幻覚作用と心臓毒性(不整脈誘発)を軽減し、依存症改善作用だけを残した新規化合物を見出したというのです。本研究は、2020年12月9日、Nature誌で公開されました。筆頭著者はLindsay P. Cameronさん、責任著者はDavid E. Olson先生で、米国カリフォルニア大学デービス校を中心としたグループからの報告です。

A non-hallucinogenic psychedelic analogue with therapeutic potential

Lindsay P. Cameron, Robert J. Tombari, Ju Lu, Alexander J. Pell, Zefan Q. Hurley, Yann Ehinger, Maxemiliano V. Vargas, Matthew N. McCarroll, Jack C. Taylor, Douglas Myers-Turnbull, Taohui Liu, Bianca Yaghoobi, Lauren J. Laskowski, Emilie I. Anderson, Guoliang Zhang, Jayashri Viswanathan, Brandon M. Brown, Michelle Tjia, Lee E. Dunlap, Zachary T. Rabow, Oliver Fiehn, Heike Wulff, John D. McCorvy, Pamela J. Lein, David Kokel, Dorit Ron, Jamie Peters, Yi Zuo & David E. Olson

Nature: 09 December 2020

イボガインが依存症治療に有効性を示すメカニズムは完全にわかっていません。が、大脳皮質ニューロンの樹状突起形態形成など、脳の可塑性を誘導する作用にあるとされています(01)。研究チームはしたがって、イボガインがもつこのような脳の可塑性誘導作用を失うことなく、しかしながらその負の作用(幻覚作用や心臓毒性)を減らしたアナログ(類縁化合物)の合成にチャレンジしたのです。

まずチームは、イボガイン分子が3つのパーツで構成されていることに着目します(02)。そして、これらカギとなる構造をひとつずつ除去することで、期待する作用だけを残した化合物が得られるのではないかと考えたのです。さまざまな化合物の検討の結果、イソキヌクリジン構造を除去する一方で、インドールとテトラヒドロアゼピン構造を残した化合物に、イボガインと同様の脳の可塑性誘導作用をもつ物質を見つけ(03)、まずはこれをIBG(ibogainalog)と名付けました。

次にチームはこのIBGをベースとし、さらにその類縁化合物を調べました。その結果、IBGのインドール構造5位のメトキシ基を6位に移したものが有望であるとし、これをTBG(tabernanthalog)と名付けたのです。

研究チームは、TBGがイボガインと多くの点で異なり、好ましい性質をもつことを示していきます。たとえばTBGは、構造上大量にしかも簡単に合成可能です。また、マウスで幻覚作用を調べるhead twitch response解析で、TBGではイボガインが有する幻覚作用を示さないことがわかりました。さらに、イボガインが脂溶性であるのに対し、TBGは水溶性で扱いに有利となるのに加え、心毒性も著しく低下しました(04)。また、ゼブラフィッシュを用いた解析により、イボガインがもつ催奇形性がTBGで極めて低下したことを示しました。

一方TBGが、イボガインがもつ脳の可塑性誘導作用は保持しているかどうかを調べました。そして、ラット大脳皮質ニューロン形態解析、培養ニューロンでの樹状棘密度解析、および2光子顕微鏡によるマウス樹状棘形成観察をおこなった結果から、TBGが樹状突起パターン形成を中心とする皮質ニューロン形態に関わる可塑性誘導作用をもつことが示されました。

研究チームは、TBGがセロトニンレセプター群の中で、5-HT2Aに対する選択的アゴニスト作用をもつことを見出しました。5-HT2A受容体に対するアゴニスト作用を示す薬物は、抗うつ作用をもつ可能性があります。そこで、マウスにマイルドなストレスを与えておこなう強制水泳試験(forced swim test; FST)という行動試験で調べました。この結果、ストレスで生じたうつ病様行動がTBG投与でレスキューされることがわかり、TBGが抗うつ作用をもつことが示されました

論文の最後の部分で研究チームは、果たしてTBGがイボガインのように依存症に対する治療効果をもつかを調べました。アルコール依存に対するTBGの作用は、マウスを用いたtwo bottle choice法で調べました(05)。その結果、TBG投与により、この後の一定時間でのbinge drinking(短時間で大量にアルコールを摂取してしまう行動)が抑制されることがわかりました。

また、オピオイド依存に対する治療効果も検証しました。オピオイド依存を誘導したラットのリラプス(再発)に及ぼすTBGの影響を調べたのです。その結果、一度ヘロイン探索行動を形成させ、これを消去させた後、再度刺激を与えた際のリラプス(再発)を評価する実験において、TBGを1回投与することで、ヘロイン探索行動(ヘロインを求めてレバー押しをする行動)が極端に減ったのです。

整理しましょう。 本研究では、機能指向型合成アプローチを用いて、イボガインの幻覚作用や心臓毒性を軽減し、依存症改善作用だけを保った新規化合物TBGを開発しました。行動試験により、TBGはアルコール依存、オピオイド依存に対する治療効果を示すとともに、抗うつ作用をもつことも示されました

イボガインをリード化合物とし、機能指向型合成(FOS)戦略に基づいて分子構造を単純化し、簡単に合成できる化合物を開発するという作戦、面白いですよね。もちろん、主作用と副作用が同一化合物内の別の部位で担われているから可能だったわけであり、主作用自身が副作用と関連するものについて同様の作戦は難しいのでしょう。しかし、多彩な作用をもつ天然化合物の中には、本研究のような戦略によって臨床利用できる新薬の開発につながるものがまだまだあるかもしれません。

特にオピオイド依存が多い海外において、本研究のインパクトは大きいのだと思います。一方で、日本における薬物依存は覚醒剤によるものが多く、それほどでもないのかもしれません。ただ、アルコール依存は少なくはないですよね。臨床応用が困難であったイボガインに代わり、そのアナログ製剤の研究と応用が今後どのように進んでいくのかについて、注目していきたいです。

補足

01: Psychoplastogenという単語を使っています。精神可塑原性とでも訳すのでしょうか、すみません、正しい訳語がわかりませんが、意味としては、たとえば単に細胞内シグナルの単なるON/OFFなどの変化に止まらず、樹状突起形態や密度やネットワークなどの構造改変も介し、脳機能変化を促す作用があるとしているのです。これにか変わる分子機構としては、グリア細胞株由来神経栄養因子(glial cell-line-derived neurotrophic factor; GDNF)や脳由来神経栄養因子(brain-derived neurotrophic factor; BDNF)の産生誘導が関わる可能性が述べられています。本稿では、「脳の可塑性誘導作用」と、少しあいまいに書かせてもらうことにします。何か良い訳語があれば、どなたか教えてくださいませ。

02: インドール(indole)、テトラヒドロアゼピン(tetrahydroazepine)、そしてイソキヌクリジン(isoquinuclidine)構造です。

03: 脳の可塑性誘導作用は、培養したラット大脳皮質ニューロンの樹状突起形成を観察するdendritogenesis実験で評価しています。

04: ヒト心筋に発現するカリウムイオンチャネル、hERG(human ether-a-go-go related gene)は、心筋活動電位の再分極を担っています。イボガインがもつhERG阻害作用がその副作用に関わることが知られますが、TBGはイボガインによるhERG阻害を100倍も低下させたとしています。

05: 週の中で月・水・金曜には、エタノールか水が入ったボトルからマウスが自分で選んで飲める状況をつくります。それ以外の曜日には水だけを与えます。このサイクルを7週続けると、ヒトのアルコール依存症のような状態になるというのです。そして、このセッションの後の48時間、マウスがアルコールを飲む行動を観察し、依存を評価します。TBGの効果は、7週のサイクルのあとのdrinking session前に投与して評価した、としています。

06: ラットにおいて、ヘロイン自己投与行動を習得させた後に、これをヘロイン非含液に置換すると、著明なレバー押し行動が観察されます。ただ、このヘロイン非含液期間の経過により、薬物(ヘロイン)探索行動は消去(extinction)されていきます。さてその後、関連する刺激の呈示によって探索行動が再発することを利用し、薬物依存におけるリラプス(再発)を評価することができるわけです。

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