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造血幹細胞と唐辛子(とうがらし)成分のカプサイシン

今回は造血幹細胞(hematopoietic stem cells; HSCs)に関する研究を取り上げます。HSCは骨の中心部である骨髄に存在し、自分と同じ細胞を生み出す「自己複製能」を持つ細胞です。また、HSCは必要に応じて白血球、赤血球、そして血小板など、異なるタイプの分化した血球細胞を生み出すことも可能です。HSCはしたがって、自己複製と分化いう2つの機能を通し、造血の重要な役割を担うのです。

HSCは病気に対する細胞移植治療を考える上でも重要です。白血病を含む血液がんの治療では、強力な抗癌剤や放射線治療でがん細胞の根絶を目指します。ただこのような強い治療では、健常な血液細胞も大きなダメージを受けてしまいます。そのためこれら治療のあと、自分あるいはドナーから事前に採取しておいたHSC移植(点滴投与)をおこなうのです。これにより、移植したHSCが患者さんの骨髄に生着することによる造血の回復が期待できるわけです。

さて、HSCは骨髄にあると書きましたが、実はわずかながら骨髄から全身に流れ出して循環する末梢血幹細胞」と呼ばれる細胞があります。このことは、特に移植治療を考える際に重要です。なぜならば、末梢血幹細胞をうまく回収できれば、ドナーの骨髄液を採取する手術が不要となるからです。実際には、骨髄から末梢血へのHSCの移動(動員とも呼ばれます)を促すため、ドナーにG-CSF(顆粒球コロニー刺激因子)という因子を投与したあと、特殊な装置を使って末梢血幹細胞を採取します。この方法は、全身麻酔を要する骨髄採取手術を不要とするメリットを持つ一方で、やはり移植に十分な細胞数を確保することが難しいケースもあり、結局骨髄採取が必要になることもあるようなのです。

前置きが長くなってしまいました。が、今回は、骨髄から末梢血にHSCが動員される新しい仕組みを解明した研究を取り上げます。侵害受容ニューロンと呼ばれ、痛み情報伝達に関わる末梢神経が骨髄にも分布し、骨髄から末梢血へのHSC動員を調節しているというのです。なんと、唐辛子(とうがらし)の成分であるカプサイシンのデータも出てきます。本研究は、2020年12月23日、Nature誌で公開されました。筆頭著者はXin Gaoさん、責任著者はPaul S. Frenette先生で、米国アルバート・アインシュタイン医学校を中心としたグループからの報告です。

Nociceptive nerves regulate haematopoietic stem cell mobilization

Xin Gao, Dachuan Zhang, Chunliang Xu, Huihui Li, Kathleen M. Caron & Paul S. Frenette

Nature: 23 December 2020

研究チームはまず、マウスを用いて骨髄に分布する神経の種類を調べ、交感神経線維以外にCGRPを発現する侵害受容ニューロンが多数含まれることを見出しました(01)。そして、通常は痛み情報の求心性伝達に働くCGRP+侵害受容ニューロンが、体の奥深くで、しかも痛みの受容とあまり関係なさそうな骨髄で何をしているかを考える中で、骨髄から末梢血へのHSCの動員に関わる可能性を調べたのです。

マウスにG-CSFを連日注射すると、末梢血幹細胞の増加を観察することができます。研究チームは、この実験に先行し、CGRP+侵害受容ニューロンを抑制する処置をおこないました(02)。その結果、CGRP+侵害受容ニューロンの働きを抑えると、末梢血へのHSCの動員が抑制されることがわかったのです。したがって、G-CSFに依存する末梢血幹細胞動員に、すくなくとも一部CGRP+侵害受容ニューロンが関わる可能性が示されたのです。なお、他のいくつかのアッセイの結果から、CGRP+ニューロンの働きは骨髄でのHSCの他の機能を変えることなく、末梢血への動員のステップのみを抑制したとしています。

チームは次に、HSCの末梢血への動員に関わる侵害受容ニューロンの働きが、これが分泌するCGRP によるかどうかを調べました。CGRPの直接投与実験をおこなったところ、実際HSCの末梢血動員が見られました。一方、侵害受容ニューロンが産生する別の神経伝達物質であるサブスタンスPにはこの作用は見られませんでした。またチームは、CGRP によるHSCの動員には、骨髄に分布する交感神経は関わらないことも示しました(03)。さらにチームは、CGRPの受容体を構成する分子、RAMP1を欠失したマウスでもG-CSF投与によるHSC末梢血動員が抑えられることを確認しました。やはりCGRPの作用がHSCの骨髄からの移出に関与しているというわけです。

続いて研究チームは、CGRPはHSCに直接作用して末梢血への動員を引き起こすのか、あるいは何らかの間接的機構が介在するかを調べました。そして、キメラマウスを作成した実験の結果(04)、侵害受容ニューロンが産生するCGRPは、造血系列細胞に直接作用することがわかりました。また、他の実験結果と合わせ、CGRPは造血系列細胞の中でも直接HSCに作用し、その動員を促すことが分かったのです。

また、CGRPがHSCに及ぼす作用は、アデニル酸シクラーゼ/プロテインキナーゼA(PKA)/ERK経路を介することもわかりました。たとえばこれは、がん患者のHSC採取のため、血流に動員する数を増やす目的で使用される薬剤、プレリキサフォル(plerixafor)とは作用機序が異なります(05)。したがって研究チームは、CGRPをプレリキサフォル(plerixafor)と一緒に投与した場合の作用を調べました。その結果CGRP とプレリキサフォルの併用では、プレリキサフォル単独投与の場合に比べ、HSCの末梢への動員が増強できました。この結果は、CGRPが臨床の場で作用の異なる既存薬剤と併用利用が可能であることを示しているのです。

最後にチームは、CGRP+侵害受容ニューロンを活性化した場合、実際にCGRP分泌とこれに続くHSCの末梢血動員が見られるかを調べました。侵害受容ニューロンの活性化は、TRPV1受容体を活性化する物質、たとえば唐辛子などスパイスに含まれるカプサイシンで引き起こすことができます。そこでチームは、カプサイシンを混ぜた餌を食べさせたマウスを調べました。その結果、カプサイシン摂取により、骨髄液のCGRP濃度が上昇すること、そしてG-CSFを投与した際の末梢血幹細胞増加が著しくなること、そしてこれら末梢血幹細胞は他のマウスへ移植しても生着しうることを明らかにしたのです。

整理しましょう。本研究では骨髄に多数分布するCGRP+侵害受容ニューロンの新しい機能を明らかにしました。すなわち、これら侵害受容ニューロンが活性化されるとCGRPを分泌し、これがHSCに直接作用することで、HSCの骨髄から末梢血への動員を促進するというのです。

本研究で、痛みを受容し伝達する神経がHSCの移動に関わる、という仮説を立てて調べた着想は面白いなぁと思います。侵害受容ニューロンに意外な働きがあるとしても、なかなか思いつかないですよね。ちなみに今後、この研究で明らかになった侵害受容ニューロンによるHSC動員がほかのどのような生理現象に関わるのかも明らかになると、ますます面白いなぁと思います。

もちろん本研究は臨床的にも注目を集めることでしょう。HSC移植が必要であるのにG-CSFの連日投与でもなかなか末梢血幹細胞が採取できないケース、特に繰り返し化学療法を受けた患者自身で、末梢血幹細胞採取が困難になるHSCの”poor mobilizer”のケースにおいて、本研究成果は有効な治療法開発につながるかもしれないのです。その場合にはたとえばCGRPやその類似物質を直接投与する、アデニル酸シクラーゼ以下の細胞内シグナルを活性化するなどの方法があるのかもしれません。また、唐辛子成分のカプサイシンのようにTRPV1を刺激する物質は、その濃度を調節することにより、末梢血幹細胞採取に有用な薬剤になるかもしれないですよね。もしも辛いものを食べるだけで末梢血幹細胞採取が容易になるなら、スゴイですよね。

補足

01: TH(tyrosine hydroxylase)陽性の交感神経線維が一定割合存在するものの、神経線維の大半はCGRPカルシトニン遺伝子関連ペプチド:calcitonin gene-related peptide)陽性の侵害受容ニューロンであったとしています。

02: resiniferatoxin(RTX)を連日投与することでCGRP+侵害受容ニューロン機能を抑制しています。RTXがイオンチャンネルであるTRPV1(トリップ・ブイワン)受容体に結合して開口させ、大量のカルシウム流入を誘導して侵害受容ニューロンを不活性化させることを用いているのです。研究チームはこれに加え、電位依存性チャンネルであるNav1.8遺伝子のプロモーター依存性にジフテリア毒素(diphtheria toxin A)を発現させて、侵害受容ニューロンを選択的に障害する方法も用いています。

03: 交感神経機能を抑制した上でも、CGRP によるHSC動員が影響を受けないことを示したのです。交感神経機能の抑制には、ドーパミン作動ニューロンとノルアドレナリン作動ニューロンを選択的に除去する神経毒の6-ヒドロキシドーパミン(6-OHDA)を用いています。

04: CGRPが造血系細胞と非造血系細胞のどちらに作用するのかを調べるため、キメラマウスを作成して解析しました。具体的には、正常マウスに放射線を照射して造血系細胞を枯渇させたのち、RAMP1を欠失するマウスのHSCを移植するのです。これにより、CGRPに応答可能な非造血系細胞をもつ一方で、RAMP1をもたない造血系細胞から成るキメラマウスが作成できるわけです。この逆も作成可能です。すなわちこの場合には、RAMP1欠失マウスに放射線照射後、正常マウスのHSCを移植するのです。こうして作成したキメラマウスにG-CSFを投与し、HSCの末梢動員を調べています。

05: プレリキサフォルは、CXCR4に対する阻害作用をもつことが知られます。HSCを骨髄に滞留させる仕組みとしてCXCR4が関与するため、この阻害によってHSCが末梢血に動員され、十分量のHSC採取を可能となるのです。

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