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褐色脂肪組織(BAT)と心血管・代謝疾患の関連を示す大規模研究

褐色脂肪組織Brown Adipose Tissue: BAT)と呼ばれる特殊な脂肪組織があります。通常、脂肪と言われイメージする白色脂肪組織は、皮下や内臓周囲にあります。が、BATは頚部(首周り)、鎖骨上部(肩付近)、縦隔(胸の奥深く左右の肺に挟まれた部分)、あるいは(わき)など、これと異なる特徴的分布パターンを示します。また、白色脂肪組織と異なり細胞内部にミトコンドリアを多数含むため、BATは褐色を呈するのです。白色脂肪は中性脂肪を貯蔵しますが、BATは中性脂肪を分解して熱を産生します。たとえば私たちが寒い環境に出ると、交感神経活性化を介してBATが活動し、これで生じる熱が体温維持を助けてくれるのです。

動物実験で示されてきたこのようなBATの働きは、熱産生とエネルギー消費に関わることから、ヒトでの脂質・糖代謝肥満改善に関わる可能性が指摘され、さまざまな研究がおこなわれてきました。そして、加齢でBATが減少すること、女性や痩せたヒトでBAT活性が高いこと、そして血糖が低いヒトでBAT活性が高いことなどが示されてきたのです。ただ、冠動脈疾患や心不全などの心疾患、あるいは脳血管障害や高血圧などの動脈硬化性疾患とBATがどのように関与するかについては、不明な部分も多かったのです。

このようなことを背景とし、ヒトの心血管・代謝疾患とBATがどう関係するかを詳細に調べた研究が、2021年1月4日、Nature Medicine誌で公開されました。筆頭著者はTobias Becherさん、責任著者はPaul Cohen先生で、米国NY州のロックフェラー大学を中心としたグループからの報告です。研究チームは、これまで心血管・代謝疾患とBAT活性の関係が明確でなかった理由のひとつは、対象数を増やした大規模研究がなかったことだとし、本研究ではナント、5万人を超えるヒトのデータを用いてBAT活性を評価したというのです。どうしてこんなに大規模なデータ解析が可能だったのか、興味深いですよね。

Brown adipose tissue is associated with cardiometabolic health

Tobias Becher, Srikanth Palanisamy, Daniel J. Kramer, Mahmoud Eljalby, Sarah J. Marx, Andreas G. Wibmer, Scott D. Butler, Caroline S. Jiang, Roger Vaughan, Heiko Schöder, Allyn Mark & Paul Cohen

Nature Medicine: 04 January 2021

研究内容にはいる前に、ヒトでBATを調べる方法を見ておきましょう。BATの存在や活動をきちんと調べるには、がんや炎症部位の診断に用いるPET(positron emission tomography)検査、特にブドウ糖取り込みの指標となる放射性薬剤18F-FDG(fluorodeoxyglucose)を注射して撮像するPET検査が重要です。18F-FDGが活性化したBATにも集積することを利用するのです。そしてこの18F-FDG-PETとX線CT検査を組み合わせた18F-FDG-PET/CT(以下PET/CTとします)をおこなうと、18F-FDG集積を臓器形態の参照のもとに同定でき、頚部、鎖骨上部、縦隔あるいは腋窩などに分布するBATを可視化できるのです。気をつけなければいけないのは、PETでわかるのはBATの18F-FDG取り込みであり、BATの存在ではないことです。したがってBATの存在をより高い感度で調べたければ、寒冷刺激を加えるなどしてBATを活性化した状況でPET/CTをおこなう必要が出てきます。

さて、そうは言っても、多くのヒトでPET/CTを施行してBAT研究をおこなうのはそう簡単ではありません。PET/CTは放射性物質を投与する検査であり、純粋な研究目的で多くのヒトに施行するには困難が伴いますし、そもそも設備の点からもPET/CTが簡便にできる検査ではないからです。それでは一体、本研究はどのようにして多くの集団におけるBATの評価ができたのでしょうか。

実はこの研究はロックフェラー大学の研究グループが、同じNYにあるメモリアルスローンケタリングがんセンターMSKCC)と共同でおこなったものです。MSKCCは聞いたことある方も多いと思いますが、米国でも歴史あるがんセンターの一つです。多くの患者のさまざまながん診療にあたるこの施設では、相当な数のPET /CTを施行しているわけです。そして本研究では、MSKCCで2009年から2018年に施行したナント13万件以上(正確には134,529件)のPET/CT検査データを利用したのです。同一患者が繰り返し検査を受けることもあるため、これら検査は52000人ちょっと(52,487人)の患者のデータであったとしています。

重要なことに、MSKCCの放射線チームは、体内のBATが分布する部位で18F-FDGの集積が見られた場合、腫瘍による集積と間違って評価されないよう、検査ごとに作成する結果レポートにコメントを加えるのだそうです。したがって膨大な過去のPET/CTデータから、BATに18F-FDG集積があったものを検査レポート上の「brown fat」および「brown adipose」という語句検索で抽出できたというのです。もちろん、そもそもはがんの診断や治療判定を目的としたPET/CT検査ですから、寒冷刺激をおこなうなどBAT評価の工夫をしたわけではありません。しかしながら研究チームは、すでに膨大な量のデータが蓄積し、しかも簡便にBATの有無を検索できるこのシステムが、きわめて有用であることに目をつけたのです。

上記のような本研究戦略を理解すれば、このあとは難しくありません。まず、PET/CTデータ上で、BATが同定できた(BAT陽性:BAT+とします)患者の解析から、BAT+所見は男性より女性に強くみられること、年齢が上がるとBAT+は低下すること、 BAT+は夏期の検査で少なく冬期の検査で多く、低外気温で増えること、そしてBMIが高いとBAT+傾向は低下することなど、過去の小規模研究で示されてきたことが同様に確認できました。また、これも過去に示されたことですが、β-blockerというタイプの降圧剤や、コレステロール治療薬スタチンを服用する症例ではBAT+傾向が低いこともわかりました(01)。

当然ですが、本研究はMSKCCを受診するがん患者のPET/CT検査データを用います。したがって、BAT+ががんのタイプと関連することについてもデータを示しています(02)。またさらに、BATの有無に関する判定が、がん治療の影響を受ける可能性もあります。チームはこれについても解析を加え、PET/CT検査前90日以内に抗がん剤治療など(03)を受けた患者においては「BAT-」となる傾向が高いこともわかり、以後の解析ではこのバイアスも解消するよう補正したとしています。

さて、このような解析結果とこれに基づくデータ補正法を再確認したのち、研究チームは BATと心血管・代謝疾患の関連を詳しく調べました。その結果、BAT+群では2型糖尿病と脂質異常症の罹患が有意に低いことが示されました。さらにBAT+群においては虚血性心疾患、脳血管障害、うっ血性心不全、および高血圧の罹患も有意に低いことがわかったのです。重要なことに、BMIが30を超えるような肥満をもつ集団においてもBAT+群が見られ、この群はBAT-群に比較し2型糖尿病、脂質異常症、虚血性心疾患、うっ血性心不全、そして高血圧の罹患率が有意に下がっていました(脳血管障害は有意差なし)。

チームはさらに、PET/CT検査と同時期に採取した血液データの解析もおこないました。その結果、BAT+群では血糖、中性脂肪およびHDLコレステロール値が、BAT-群に比較し良好だったとしています。また理由は不明であるものの、白血球および血小板カウントが、BAT-群に比べBAT+群で有意に低値だったとしています。

整理しましょう。本研究では、過去の一定期間に特定施設で施行されたPET/CT検査データを用いることにより、BATと心血管・代謝疾患の関連を解析しました。その結果、BAT+群ではBAT-群に比較し2型糖尿病、脂質異常症の罹患が低いことに加え、虚血性心疾患やうっ血性心不全など心疾患、および脳血管障害や高血圧の罹患も低いことがわかりました。さらにBAT+群では血糖値、中性脂肪、HDLコレステロールなど代謝疾患指標が良好であるのに加え、白血球数や血小板数にもBAT-群/BAT+群で違いがあることがわかったのです。

これまで、BATがエネルギー消費を通じて代謝に良い作用をもつことは示されてきました。が、その結果としてBATの有無、あるいはその活動状態が心血管疾患・代謝疾患に関わるかどうかは、不明な部分も多かったのです。多数例のPET/CTデータを解析し、特に心血管疾患について初めてBATとの関連を示した本研究は、今後の関連研究に大きな影響を及ぼすでしょう。なお、重量や体積としてそれほど大きくないBATのサイズを考えた場合に、果たしてエネルギー消費だけでBATによる代謝指標改善が説明できるかという疑問もあるようです。この点について本論文では、BAT-とBAT+とで血球数に相違が見られたことなどから、内分泌機能など、エネルギー消費以外にもBATがなんらかの働きを担う可能性があるとしています。このような研究が進むのもとても面白いですよね。

本研究はNYのロックフェラー大学とMSKCCとの共同研究です。両者は同じNY州というだけでなく、マンハッタンのいわゆるアッパーイースト地区ですごく近接する施設のようですね。ロックフェラーの研究者がMSKCCのPET/CT検査レポートを利用すれば膨大な情報が得られると思いついたのはどのような経緯だったのでしょうか。個人的にはそういうのもちょっと気になってしまいました。

補足

01: 本研究で用いたPET/CTデータは、多様な患者集団について、しかも年間のさまざまな時期にランダムに施行された膨大な検査結果の集まりです。まず、同一個人のデータを複数回評価することを避けるため、インデックス・スキャン(index scan)という各人のデータのうち一回分のみを採用しています。すなわち、複数回検査をおこなった個人については、全検査でBAT陰性ならばこのヒトは「BAT-」であり、いちばん最初のPET/CTデータを画像として評価します。一方、1回以上BAT陽性所見を示すヒトは「BAT+」とするのですが、複数回の検査でBAT陽性を示す場合は、そのうちの最初のデータを画像データとして採用、としています。また本研究は前向き研究ではありませんので、ここに示したb-blockerやスタチン内服群とそうでない群の比較などを含む以下の多くの検討については、propensity score matching (プロペンシティ・スコア・マッチング、PSM)法を用いています。具体的には「BAT+」と判明した5,070人由来5,070のPET/CTインデックス・スキャンデータに対し、年齢、性、BMI、および撮像時期(年間における時期)を同等にした9,853人の「BAT-」の対照集団を抽出し、この二者間で比較解析をおこなったとしています。

02: 口腔がん、咽頭がん、乳がん、婦人科腫瘍、リンパ種、骨関節軟骨腫瘍の患者ではBAT+傾向が高いのに対し、消化器がん、中枢神経腫瘍、造血器がんの患者では傾向が低いとしています。

03: Alkylating agents、antimetabolites、immunomodulatory therapy、mitotic inhibitors、targeted therapyがこれに含まれるとしています。

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