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ヒトの体の細胞数は30兆 そのうち毎日入れ替わる数は?

ヒトの体は一体何個の細胞からできているのでしょうか。もちろん赤ちゃんと大人で違うでしょうし、男性と女性では体の構造が違うので、細胞数も異なるでしょう。同一のヒトでも、たとえば怪我などの前後で白血球数が変化するなど、決して一定ではないでしょう。そうすると、この質問がなかなか難しいものであることがわかりますよね。これまで、ヒト構成細胞は約60兆個と言われていた時期があり、本ブログでもそう書いたことがあります。ただ2013年に、ヒトの色々な器官の細胞数に関係する過去の研究をレビューし、根拠を示しながらヒト細胞数を37兆個と推定した論文が発表されており(Bianconi E et al., Ann Hum Biol 2013)、最近はこの数字が引用されることも多いようです。

さてそれではこのように膨大なヒト細胞は、いったいどのように日々入れ替わるのでしょうか。もちろん体の全部一律に適応できるルールがあるとは思えず、器官や組織に含まれるさまざまな細胞の種類によって違うはずですよね。短期で入れ替わる細胞種もあるし、長期間生き続ける細胞種もあるでしょうし、その全貌を詳細に知ることは相当大変であることが予想されます。ただそうは言うものの、われわれの体内で日々一定数死にゆく細胞があり、これを置き換えるように生まれる新しい細胞があり、このような「細胞ターンオーバー」の全体像がどのようなものなのか、興味ありませんか?

今回は、このようなヒト細胞ターンオーバーの概要を提示した研究を取り上げます。具体的には、色々な器官や組織における細胞数や細胞寿命などの過去のデータをレビューし、文献的かつ数理的検討を加え、標準的なヒト体内での細胞ターンオーバー・レートをまとめた研究で、2021年1月11日、Nature Medicine誌で公開されました。筆頭著者はRon Senderさん、責任著者はRon Milo先生で、イスラエルのワイツマン科学研究所の2人による報告です。

The distribution of cellular turnover in the human body

Ron Sender & Ron Milo

Nature Medicine: 11 January 2021

先ほど、2013年にヒトの細胞数を37兆個と推定した論文が出たと書きました。そのしばらく後に、実は今回の研究チームも同様の手法で、しかも新しい知見も取り入れる形で再検討をし、ヒトの細胞総数を約30兆個と報告しています(01)。37兆と30兆ではずいぶん違うだろうという意見もあるかもしれません。ただ、各器官の一部細胞をカウントし全体を推定したり、ある細胞種の体積を推定して組織体積から細胞数を推定したり、などの算出を含む作業ですから、個々の推定値が厳密に一致しないのは仕方ないのだと思います。むしろこの2つの研究で「order of magnitude」、つまり数値の「桁」が揃っていることが重要と思います。というわけで、このブログ記事では、研究チームが出した約30兆というデータに沿って、細胞ターンオーバーの話を進めることとしましょう。

研究チームは先行研究で提示したように、20-30歳代・身長170cm・体重70 kgのヒト男性の体が約30兆個の細胞からなるとしています。そして今回の研究では、ひとつの細胞種でその0.1%以上(300億以上)の細胞数をもつと考えられるものについて着目し、最終的な細胞ターンオーバー解析に利用した、としています。

このよう基準で抽出した場合、解析対象となる細胞種は実はそれほど多くはありません。なぜなら、いくつかの少ない種類の細胞で、膨大な数を占めることになるからです。たとえば単純にヒト体内全細胞の約90%は造血系細胞、しかもその大半は赤血球で占められます。造血細胞以外では、血管内皮、表皮細胞(皮膚)、小腸や大腸の上皮細胞などが数の多い細胞となります(02)。血管、皮膚、腸の細胞数が多いのは、その量や面積が大きいことから何となくイメージしやすいですよね。

さてチームはこの研究の本題である細胞ターンオーバー、すなわち細胞の入れ替わり速度を解析します。特定の細胞種において、1日に死にゆく細胞と、これを置き換えるよう誕生する細胞の数を考えるのです。細胞種の総数が保たれるならば、両者(死ぬ細胞と誕生する細胞)は同数であり、これをターンオーバー・レート(turnover rate)としたのです。この計算には、細胞種別に平均細胞寿命を推定する必要がありますが、過去のさまざまな研究からこのような情報を集めたのです(03)。

この結果、チームはヒト細胞のターンオーバー・レートを3300億個/日と算出しました。すなわち、体内の全細胞の1.1%に相当する3300億個が毎日死んでは新しい細胞に入れ替わる計算になる、ということです。入れ替わる細胞の大半(86%)は血液細胞で、12%は腸など消化管細胞であるとしています(図内に内訳も書いています)。血液細胞は数が多いだけでなく、寿命も比較的短いため、入れ替わる細胞集団の中でたいへん大きな割合を占めるわけです。また、腸の上皮細胞が血管や皮膚を差し置いて上位に躍り出るのも、細胞寿命が短く、したがって割り算の分母が小さくなるからです。

チームはさらに、重量ベースでのターンオーバー・レートも提示しました。細胞種によってそれぞれ大きさや重量が異なります。ですので、単純ですが、先の細胞数ベースのターンオーバー・レートに個別の細胞種の重量を掛け合わせて算出したのです。その結果、毎日死んでは新しい細胞に入れ替わる細胞集団は重量として約80グラム/日であることがわかりました(04)。このうちの40%が血液細胞に相当し、別の40%くらいを腸など消化管細胞が占めるとしています(05)。

さて、論文ではさらにこのあと、腸内細菌のターンオーバーに関する考察もするのですが、このブログではここまでにしておきます。本研究をあらためて整理しましょう。本研究では、ヒトの体をつくる30兆の細胞の1%強に相当する3300億個の細胞(重量にして約80グラム分)が日々入れ替わることを示しました。その内訳をみると、生まれ変わる細胞の大半は血液細胞、その他のほとんどが腸の細胞だということも示しました。

本研究は、あらためて人体を俯瞰的に見る視点を与えてくれた点でとても面白く思いました。本研究の細胞数ベースで日々1%強が入れ替わるとのデータに基づいて、ヒトの体は100日弱ですべて入れ替わる、というふうに書くものも出てくるでしょうし、実際そういう考えもあながち間違いではないと思います。ただ、研究内容を理解し、各種類の細胞数とその寿命に関するおよその情報も知っておくことで、30兆細胞のダイナミクスの全体的なイメージを、より具体的にもつことができた気がします。

それから、ターンオーバーを考えることで、逆に長期にわたって生き続ける細胞にもあらためて興味が湧きますよね。そしてそのような長期生存細胞中の「物質」のターンオーバーにまで目を向けると、そういう長生き細胞ですら中身は「入れ替わっている」わけですし、面白いですよね。実際この論文の最後には、本研究が「テセウスの船のパラドックス06)」と関連づけられる「人体の同一性」に関し、量的・時間的な視点を提供するのではないか、というようなことも書かれていて、なかなか興味深く思いました。

補足

01:細胞数推定研究の多くは、ヒトの体重および体積において細胞成分が占める量を推定し、別に推定した細胞重量や体積によって除するなどの方法で行われていたようです。一方Bianconiらの研究や(Bianconi E et al., Ann Hum Biol 2013)、本研究チームの2016年の論文(Sender R et al. PLoS Biol 2016)では、各組織・器官に含まれる細胞種ごとに数を推定する手法で体内全細胞数を推定しています。後者の論文では、前者の論文の後にわかった知見、すなわち脳のグリア細胞や皮膚組織の線維芽細胞が実はそれほど多くない、などの情報を反映させることで、推定細胞数が減ったようです。

02: 論文中で全細胞数の0.1%を超える細胞種としては、erythrocytes, neutrophils, mature T cells, endothelial cells, mature B cells, small intestinal epithelial cells, epidermal cells, colon epithelial cells, adipocytes, alveolar macrophagesとなっています。

03: 特定の細胞種にn個の細胞があり、その平均寿命がτ日である場合、ターンオーバー・レート(turnover rate) βをn/τで算出するとしています。この計算法によれば、総数の多い細胞種で、しかも細胞寿命が短いものほど、ターンオーバー・レートは高くなるわけです。もちろん、生き続ける細胞の内部で古い物質が分解され新しい物質が生成されるような入れ替わりもあります。しかし本研究では、このような「分子」のターンオーバーは考慮にいれません。あくまで調べるのは「細胞」のターンオーバー・レートです。

04: 補足03と同様に、「入れ替わる細胞の重量」の推定値であり、生き続ける細胞内部で入れ替わる物質重量は含んでいません。体重70 kgの典型的男性において、水分など非細胞成分を除いた細胞重量は46 kgであるとしていますので、重量ターンオーバー・レートの80グラム/日というのはその0.2%弱となり、その重量相当の細胞が日々入れ替わっているということです。細胞数では全体の1%が入れ替わるのに対し、重量ベースでより低い割合になっているのは、入れ替わる細胞の内訳に血球細胞など小さい細胞が多く含まれるからです。

05: 04と同様で、細胞数ベースの計算に比べ、重量ベースで血液細胞の占める割合が低いのも、これら細胞が他よりも重量が小さいことを反映しています。

06: テセウスの船のパラドックスとは、ギリシャの伝説に由来し、「ある物体を構成するパーツが全て置き換えられたとき、過去のそれと現在のそれは同じものと言えるのか、という物体の同一性の問題」です。ここでは、2020年のテレビドラマと関係はありません、念のため。

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