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妊娠母体の炎症から胎児を守るGPER1

ヒトの体にウイルスなどの微生物が感染すると、これを排除するための免疫応答が引き起こされます。この過程においてはインターフェロンという物質が重要です。私たちの体の免疫細胞などが産生するインターフェロンは、表面にその受容体をもつ細胞に結合して作用し、さまざまな遺伝子発現を調節するなどして、抗ウイルス作用を発揮するのです。

妊婦がウイルス感染した場合にも、もちろんインターフェロンが担う生体防御応答は必要です。ただ一方で、胎児内でインターフェロン作用が亢進した状態は流産や胎児死亡につながる可能性を示す研究があるのです。でも実際、きちんと予防して頑張ったって、妊婦がたとえばインフルエンザなどにかかってしまうことはゼロではないですよね。そしてこのような妊娠中のウイルス感染例において、高い確率で胎児異常が生じるわけでもないのです。これをどのように考えればよいのでしょうか??

その説明として、母体で産生されるインターフェロンの作用が胎児に波及しない何らかの仕組みがあるのではないか、という発想に基づく研究が報告されました。この研究では、胎児でインターフェロン作用を抑える分子としてGPER1を同定したのです。母体の免疫応答が直接胎児に及ぶのをブロックする新しい仕組みを発見したこの研究は、2021年1月14日、Science誌で公開されました。筆頭著者はAlfred Hardingさん、責任著者はNicholas Heaton先生で、米国のデューク大学のグループからの論文報告です。

GPER1 is required to protect fetal health from maternal inflammation

Alfred T. Harding, Marisa A. Goff, Heather M. Froggatt, Jean K. Lim, Nicholas S. Heaton

Science: 14 January 2021

研究チームは、細胞内におけるインターフェロン作用を抑制する分子を見つけ出すのに、面白い方法を用いました。まず、あるタイプのヒト細胞(A549細胞)で、インターフェロンが作用すると蛍光タンパク質が発現するよう改変したものを用いました。つまりこの細胞では、発する蛍光シグナルの強弱で、インターフェロン作用の有無を判定できるのです。

チームはこの細胞集団に、インターフェロンをごく短時間(6時間)だけ作用させ、その後インターフェロンを完全に取り除く実験をおこないます。こうすることにより、一時的に加えたインターフェロンの作用によって蛍光シグナルが出現するのが確認でき、しかもその後次第にインターフェロン作用が減弱していくプロセスも、蛍光シグナルの減弱により確認できるのです。

そしてこの実験システムを利用し、研究チームはインターフェロン作用が減弱する過程に関与する分子を探索しました。すなわち、ゲノム編集技術を利用し(01)、この細胞集団内の個々の細胞において、それぞれ何らかの遺伝子が欠失する状況を作るのです。もしも欠失させた遺伝子がインターフェロン作用を抑制する(終息させる)働きをもつならば、「抑制の欠失」により、インターフェロン作用の亢進と持続が見られると仮説を立てたのです。実験としては、インターフェロンを短時間作用させ72時間経過した後に、蛍光シグナルが強く持続している細胞を回収し、そのような細胞でどの遺伝子が欠失していたかを詳しく調べたのです。面白いですよね。

この結果、研究チームは複数の遺伝子を抽出し、その中のひとつGPER1(guanine nucleotide-binding protein coupled estrogen receptor 1)に興味をもちました。GPER1は女性ホルモンであるエストロゲンの受容体ですが、よく知られたエストロゲン受容体(02)と違い、細胞膜に局在するタイプの分子です。この分子機能とインターフェロン作用が関連する可能性をさらに詳しく調べるため、チームはGPER1の特異的阻害剤であるG15、それから逆にGPER1機能を活性化するアゴニストG1を用いました。その結果、G15を作用させた細胞ではインターフェロン作用が増強し、逆にG1を作用させた改変A549細胞ではインターフェロン作用が抑制されました。以上のことから実際に、インターフェロン作用がGPER1で抑えられる仕組みの存在が明らかになったのです。

チームは次に、GPER1の発現分布を調べてみました。その結果、GPER1タンパク質が胎盤および胎児組織に優位に発現すること、中でも胎盤のラビリンス層(胎盤の胎児側)に強く発現することがわかり、GPER1によるインターフェロン作用抑制が胎児で作動する可能性が示されたのです。

では本当に、ウイルス感染時におけるインターフェロン作用調節に、GPER1の働きは関わるのでしょうか。これを調べるため、インフルエンザAウイルス(influenza A virus; IAV)を妊娠マウスに感染させました。その結果、母体の肺でIAV産生が見られるなど、確かに感染が起きたことは確認できました。ただ、母体側を見る限りでは、IAV感染による変化はGPER1阻害剤のG15を投与しても変わりありませんでした。おそらく、母体組織でのGPER1発現が低いため、G15はそれほど大きな差を生じないのだろうとしています。

一方この実験において胎児を見てみると、G15投与群では非投与群に比べ、インターフェロン作用が著明に増強していることがわかりました(03)。しかも、IAVを感染させ、かつG15を投与したマウスから生まれた仔では、出生時体重が小さいものや死産が多いことも判明しました。この変化は、IAVという特定のウイルスに感染した場合だけに見られる変化ではありません。ジカウイルスやインフルエンザBウイルスを感染させる実験、さらにはウイルス感染を模倣する物質を投与する実験(04)をおこない、これにG15を投与することによっても同様の結果が得られました。このことは、妊娠中の感染で母体におけるインターフェロン産生が高まる場合、胎盤および胎児組織に発現するGPER1が機能すれば胎児内インターフェロン活性が抑制されること、しかしながらGPER1機能が損なわれると胎児の障害が生じうることを意味するのです。

面白い研究だと思いませんか。胎盤が母体から胎児への物質移行を選択的に調節することはよく知られます。ただ本研究は、母体におけるサイトカインの作用を胎児側で抑制するのに、物質移行レベルの調節ではなく、特別な分子機能を利用する仕組みがあるとしているのです。しかもこの分子が、妊娠進行に関わるであろう女性ホルモン受容体というのも興味深いですよね。研究チームも書いていますが、今後の研究でGPER1がインターフェロンシグナルをブロックするメカニズムが明らかになることが期待されます。また、そのような分子機構が明らかになれば、胎児のインターフェロン作用を人為的に調節するだけでなく、大人も含めたさまざまな局面におけるインターフェロン作用を調節するための、まったく新しい手がかりになるかもしれないですよね。

補足

01: ヒト細胞株であるA549細胞を、インターフェロンが作用すると蛍光タンパク質のGFPを発現するよう改変したものを用いています。レンチウイルスを用いて、さらにこれにCas9とsgRNAライブラリを導入し、ゲノムワイドにCRISPR/Cas9スクリーニングをおこないます。6時間のインターフェロン刺激後、これをウォッシュし、さらに72時間培養した時点で蛍光の強いものを採取したのです。これら細胞のゲノムを解析し、欠失遺伝子を同定するのです。

02: エストロゲンは脂溶性ホルモンであり、細胞膜を通過し細胞内に入ることが可能です。この場合、細胞質にあるエストロゲン受容体と結合します。エストロゲンと結合した受容体は細胞核に移行し、転写因子として働くことで遺伝子発現調節を担うのです。ただ、GPER1は細胞膜タンパクであり、エストロゲンと結合することで細胞内のMAPキナーゼPI3キナーゼ経路などを活性化することが知られているようです。

03: インターフェロンが作用すると、その結果として発現が誘導される遺伝子群をISGs(interferon-stimulated genes)と呼びます。この実験では、IAV感染によって母体内でインターフェロンが高くなるのに加えて、胎盤・胎児組織でこれを抑制するGPER1機能がG15で抑えられるため、ISGの発現が非常に高くなるというのです。

04: この部分の実験では、実際のウイルスではなく、Poly I:Cを投与しています。Poly I:Cという物質は、double strand RNA の類似化合物であり、RNAウイルス感染のモデルとして使用されます。

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