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インスリンのパラクライン/オートクライン作用を調節する分子インセプター

今回は、糖尿病の新しい治療標的となるかもしれない分子の話をとりあげましょう。糖尿病は血糖値が高くなる病気です。あまりに高い血糖はその場で命にかかわることもありますし、そこまでなくても放っておくと色々な合併症につながりますし、本当に大変な病気です。膵臓β細胞からのインスリン分泌が低下する、あるいはインスリン分泌は保たれても作用が低下する状態がこの病気を引き起こします。インスリンは、体の各部分の細胞に到達すると、細胞膜に発現するインスリン受容体(insulin receptor; INSR)に結合して作用し、血液を循環する糖を細胞に取り込ませるのです。したがって上記どちらの状況であっても、インスリンの働きが不十分になれば、全身の細胞側での糖の利用が障害される一方で血糖値が上昇し、さまざまな問題が生じるわけです。

ちなみに、インスリンは膵臓のβ細胞自身にはどう作用するのでしょう。細胞が分泌したホルモンなどが自分の近傍の細胞に作用することをパラクライン(paracrine)、自分自身に作用することをオートクライン(autocrine)とよびます。β細胞も糖を取り込み利用するのですから、インスリンの作用を受けるはずですよね。実は、膵臓β細胞自身のINSRを欠失させてインスリンが作用しなくなるようにした過去の研究によれば、この状況ではβ細胞の増殖やインスリン分泌が障害されるとされています。つまり、通常の状態では、インスリンのパラクライン/オートクライン作用がβ細胞のインスリン分泌をさらに高める状況があるというのです。しかしながら、自身が分泌したインスリンが周囲に豊富に存在する状況において、インスリンがβ細胞に作用を及ぼす機構には不明な点も多かったというのです。

最近、膵β細胞に対するインスリン作用機構を詳しく調べた研究成果が発表されました。この研究では、インスリンがβ細胞増殖を促すことが再確認されるとともに、これを負に調節する分子、インセプター(inceptor)が新しく同定されたのです。インスリンのパラクライン/オートクライン作用に関わる新しい調節機構を示した本研究は、2021年1月27日、Nature誌で公開されました。筆頭著者は、Ansarullahさん、Chirag Jainさん、Fataneh Fathi Farさん、Sarah Hombergさん、Katharina Wißmillerさん、Felizitas Gräfin von Hahnさんの6人、責任著者はHeiko Lickert先生で、ヘルムホルツセンターミュンヘンおよびミュンヘン工科大学を中心とするグループからの論文です。

Inceptor counteracts insulin signalling in β-cells to control glycaemia

Ansarullah, Chirag Jain, Fataneh Fathi Far, Sarah Homberg, Katharina Wißmiller, Felizitas Gräfin von Hahn, Aurelia Raducanu, Silvia Schirge, Michael Sterr, Sara Bilekova, Johanna Siehler, Julius Wiener, Lena Oppenländer, Amir Morshedi, Aimée Bastidas-Ponce, Gustav Collden, Martin Irmler, Johannes Beckers, Annette Feuchtinger, Michal Grzybek, Christin Ahlbrecht, Regina Feederle, Oliver Plettenburg, Timo D. Müller, Matthias Meier, Matthias H. Tschöp, Ünal Coskun & Heiko Lickert

Nature: 27 January 2021

この研究は、ある遺伝子が胎生期における膵臓やβ細胞を含む大人の膵臓で強く発現することの発見から始まります。研究チームはこの遺伝子がヒトにもマウスにも存在し、細胞膜蛋白をコードすることを見出すとともに、その細胞外部分はINS(インスリン受容体)に類似する一方、細胞内部分はINSRと異なることも見つけました。チームはこの遺伝子をインセプター(inceptor)と名付け、詳しく調べていくのです。

インセプターの働きを調べるため、チームはこの分子を欠失するノックアウト(KO)マウスを作成しました。その結果なんと、インセプターKOマウスは生後数時間しか生きられないことが判明しました。詳しく調べたところ、仔では血中のインスリンが高く、著しい低血糖が生じていることがわかりました。また、仔の膵臓内でβ細胞量が増えていることも判明しました。さらに発現遺伝子解析により、インセプターKOマウスの膵細胞はINSRの過剰活性化(overactivation)状態にあること、つまりインスリン作用が高くなっている状況がわかったのです。

インセプターKOマウスは生後すぐ死亡するため、大人の膵臓における分子機能解析ができません。そこでチームは、普通に生まれるものの、任意の時期に膵β細胞でインセプターを欠失させる遺伝子改変マウスを作成しました(01)。インセプターCKO(conditional knock-out)マウスと呼ぶこのマウスにおいて、膵β細胞のインセプターを欠失させると、マウスが死ぬことはないものの、糖負荷後のインスリン産生が高まり、耐糖能が良好となり、膵β細胞量の増加が見られ、やはりβ細胞でISNRの活動が亢進することが再確認できたのです。

これら2種類のKOマウスの結果は、インセプター発現を失うと膵β細胞でISNRシグナルが高まり、インスリン産生量も増えて低血糖が生じるのですからつまり、インセプターは通常INSRシグナルを抑制する機能をもつことを示しているわけです。

では果たして、インセプターはどういう仕組みを通してINSRの活動を抑制するのでしょうか。結論から述べると、チームはINSRがエンドサイトーシス(Endocytosis)と呼ばれるプロセスで細胞内に取り込まれる仕組みに、インセプターが関わることを突き止めたのです。

エンドサイトーシスについて少し書いておきましょう。さまざまな細胞膜受容体は、エンドサイトーシスというプロセスで細胞内に取り込まれることが知られます。リガンドが受容体に結合すると、その部分の細胞膜が内側に陥入し、最終的にはこの部分が細胞膜から切り離された小胞構造となり、リガンドと受容体が包まれるようにして細胞内に取り込まれるのです(図)。このプロセスにはクラスリンという蛋白が関与するため、クラスリン介在性エンドサイトーシスとも呼ばれ、AP2という蛋白も関与します。受容体がエンドサイトーシスを受ける結果、細胞表面の受容体は減ることとなり、あらたに接近してくるリガンドが細胞に及ぼす作用が低下します。この現象は脱感作(desensitization)と呼ばれ、リガンドが細胞に及ぼす作用の時間や強さを制限する仕組みとして重要とされるのです。

話を戻しましょう。研究チームはインセプター分子が細胞内のどこに局在するかを調べました。もちろんインセプターの一部は細胞膜に発現しますが、この分子はエンドサイトーシスに関わる細胞内小器官にも広く分布することがわかりました(02)。また実際、細胞膜のインセプターがクラスリン被覆小胞により細胞内に取り込まれることも明らかとなりました。すなわち、インスリンと結合したISNRと同様、インセプター分子もクラスリン介在性エンドサイトーシスで細胞内に取り込まれることがわかったのです。

では、インセプターとINSRの細胞内取り込みは、お互い直接関係するのでしょうか。これを調べた結果、研究チームはインセプターとINSRが実際に物理的に近接して結合しうることを示しました(03)。そして実際、インセプターがAP2複合体と結合し、INSRとともにエンドサイトーシスされることがわかったのです。

最後にチームは、ある抗体を作用させることで、インセプターのエンドサイトーシスを抑制する実験をおこないました。その結果、この処理でインセプターの取り込みを抑えるとINSRの取り込みも一緒に阻害され、細胞膜上へのINSRの滞留が認められるとともに、INSRシグナル活性が高まることもわかったのです。

整理しましょう。この研究では、β細胞が産生するインスリンがパラクライン/オートクラインの様式で自身に及ぼす作用を解析し、抑制性分子のインセプターを発見したのです。インセプターはINSRとの蛋白相互作用を介し、INSRと一緒にエンドサイトーシスを受けます。したがってインセプターを欠失したり、インセプターの細胞内取り込みを阻害したりすると、INSRの細胞内取り込みも抑制されるのです。そしてその結果、β細胞におけるインスリンシグナルの脱感作が抑制され、β細胞数の増加やインスリン分泌増大が生じるというのです。

インスリンが細胞に作用するにはISNRの働きが重要ですが、ISNRを調節する仕組みとしてβ細胞には特別な機構があるという話、面白いですよね。どうしてβ細胞に強くインセプターが発現するのかなど、この新しいインスリンシグナル分子機構の研究が進むと面白いなぁと思います。

また本研究は、糖尿病の新しい治療標的となりうる候補分子を示した点でも重要だと思います。大人マウスでβ細胞のインセプターだけをノックアウトした場合、インスリン産生が高まり、耐糖能が良好になるなどの現象は、治療標的として魅力的ですよね。もちろん、全身のインセプターをすべて欠失するとマウスでは生存できないとのデータがありますから詳細な検討が必要ではありますが、インセプター分子の今後の基礎研究にも臨床研究に注目していきたいなと思います。

補足

01: コンディショナルノックアウト(CKO)と呼ばれるマウスモデルを用いています。インセプター遺伝子の内部に、あとで切り出したい部分をloxP配列という特殊な塩基配列で挟んだマウスを作ります。これを、インスリン遺伝子座にCreリコンビナーゼの変異体CreERTが組み込まれたマウスと交配するのです。得られるマウスはβ細胞でのみCreERTを発現します。タモキシフェンという薬剤を投与すると、β細胞内のCreERTが核内部に移行し、そのリコンビナーゼ機能によってインセプター遺伝子内loxP配列で挟まれた部分を切り出すのです。これにより、タモキシフェンを投与することで、β細胞でのみインセプターの欠失を誘導することができるのです。

02: インセプターは小胞体、ゴルジ体、エンドソームやリソソームなど、エンドサイトーシス経路に関わるさまざまなオルガネラに分布することがわかりました。

03: プロキシミティ・ライゲーション・アッセイ(proximity ligation assay: PLA)および免疫沈降法で調べています。前者は、異なる種由来の2つの一次抗体(インセプターかINSRに対する抗体)と、オリゴヌクレオチドが結合した二次抗体を使って細胞内のタンパク質相互作用を視覚化する方法です。後者は、細胞から溶出したタンパクからある抗体に結合する複合体を回収し、その中に別のタンパクが含まれることで蛋白-蛋白会合があることを示します。

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