ライフサイエンス研究とその周辺に関する個人のブログです

『無益クレアチン回路』による褐色脂肪細胞での熱産生

熱産生脂肪細胞

今回は脂肪細胞、中でも熱産生脂肪細胞(thermogenic adipocytes)の研究を取り上げましょう。多くの人が脂肪細胞と言われイメージするのは、脂肪を貯蔵する白色脂肪細胞だと思います。一方、中性脂肪を分解して熱を産生し、寒冷時の体温上昇や維持に貢献する特殊な脂肪細胞があります。褐色脂肪細胞と呼ばれる細胞です。褐色脂肪細胞は頸部や肩付近に分布し、交感神経から放出されるノルアドレナリンの作用で熱を産生します。この働きには、これら細胞が豊富にもつミトコンドリアが重要な役割を担います。

もうひとつ、白色脂肪細胞が変化し生じるベージュ脂肪細胞という細胞もあります。細胞の起源は異なるものの(01)、褐色脂肪細胞と同様この細胞も熱を産生するため、2者を合わせて熱産生脂肪細胞(thermogenic adipocytes)と呼ぶのです。

これら細胞は体温調節だけでなく、エネルギー消費を通して全身の代謝にも関与し、結果として肥満、メタボリックシンドローム、さらには糖尿病や心・血管疾患にも関わるとして注目を集めているのです。

脂肪細胞での熱産生とUCP1

ちなみに、脂肪細胞が熱を産生するって一体どういうことなのでしょうか。簡単ではないのですが、うまく説明できるかトライしてみましょう。

細胞活動のほとんどはエネルギー消費をともないます。新しい細胞を作って分裂したり、移動したり、あるいは物質を運んだりするために、エネルギーを必要とするわけです。その根源はもちろん摂取した栄養素にあるわけですが、エネルギー消費の各場所でいちいち栄養素からエネルギー変換をおこなうのは非効率です。したがって細胞は通常、栄養素の代謝物をもととし、酸素の力を借りて、エネルギーをATP分子(02)に貯蔵し、各所でこれを「エネルギー通貨」として利用するのです(図)。ちなみに、そもそも「ATPがエネルギーを貯蔵する」というのも、馴染みがないと理解しにくいですよね。たとえばですが、ADPが高エネルギーリン酸結合の転移を受けてATPになる変化は、バネをギュッと縮めて固定されるようなイメージでとらえると良いかもしれません。こうしてできたATPは各所でその縮みを解放され、放出されるエネルギーが変換されることでさまざまな活動に利用される、そんなふうなイメージです。

有酸素条件下では、ミトコンドリアでの一連の過程を通してADPとリン酸からATPを合成します。ごく簡単に言うと、最終的にはプロトン(H+)の濃度勾配で形成する電気化学エネルギーを、ADPのリン酸化反応にカップリング(共役)させてATPに蓄える、ということになります。一方熱産生脂肪細胞は、この電気化学エネルギーをADPリン酸化反応とあえてカップリング(共役)させない、すなわちこのエネルギーをATPに貯蔵しない代わりに、熱として放出する仕組みをもつのです。この機構には、まさしく「脱共役タンパク(uncoupling protein: UCP)」と名付けられたタンパク質のひとつ、UCP1が関与するのです(図)。

もうひとつの熱産生機構 『無益クレアチン回路』

UCP1を発現する熱産生脂肪細胞はミトコンドリアでエネルギーの一部を熱産生に利用する、と書きました。しかしながらこれらの脂肪細胞には、さらに別の熱産生機構が備わることも知られてきたのです。これが無益クレアチン回路(futile creatine cycling)と呼ばれるシステムです。

クレアチン(Cr)は、生体内の特に筋肉のように多くのエネルギーを消費する場所で働く分子です。ATPと同様、エネルギー貯蔵に関わります。やはりリン酸が結合したクレアチンリン酸(phosphocreatine: PCr)がエネルギー貯蔵型です。急激な運動をおこなう際の筋肉など、ミトコンドリアでの有酸素的ATP合成が間に合わない状況では、細胞質でPCrがCrとなる代わりにADPに高エネルギーリン酸結合が転移され、合成されたATPが筋収縮に利用されるのです。

話を熱産生脂肪細胞に戻しましょう。実はこれら細胞のミトコンドリアでは、上記のCr/PCr系システムが急場のATP合成のためではなく、熱産生に関与することが知られ、無益クレアチン回路と呼ばれるのです。すなわち第1に、ミトコンドリアで作られたATPのリン酸結合が、クレアチンキナーゼという酵素の働きでCrに転移され、エネルギー貯蔵型PCrが合成されます。そして第2にPCrがエネルギー放出して熱を産生し、Crに戻るのです。先ほどのバネの話を利用して言い換えると、筋肉組織ではCr/PCr系バネに貯蔵したエネルギーをADP/ATP系バネに渡して筋収縮に利用するのに対し、熱産生脂肪細胞ではADP/ATP系バネで蓄えたエネルギーをCr/PCr系バネに移した後、このエネルギーをADP/ATP系に渡すことなく熱産生に利用するのです(図)。

無益クレアチン回路を担うCreatine Kinase B(CKB)

とはいうものの、脂肪細胞における無益クレアチン回路については不明な点も多かったのです。このような中で最近、新しい研究成果が発表されました。熱産生脂肪細胞で働くクレアチンキナーゼ分子が同定されたのです。しかもこの研究では、同定されたクレアチンキナーゼ B(creatine kinase B: CKB)を欠失すると肥満や糖代謝が悪化するなど、この分子機能が実際に個体の代謝調節に重要であることも示されたのです。本研究は、2021年2月17日、Nature誌で公開されましたた。筆頭著者はJanane F. Rahbaniさん、責任著者はLawrence Kazak先生で、カナダ・モントリオールのマギル大学および米国ボストンのハーバード大学を中心としたグループによる研究です。

Creatine kinase B controls futile creatine cycling in thermogenic fat

Janane F. Rahbani, Anna Roesler, Mohammed F. Hussain, Bozena Samborska, Christien B. Dykstra, Linus Tsai, Mark P. Jedrychowski, Laurent Vergnes, Karen Reue, Bruce M. Spiegelman & Lawrence Kazak

Nature: 17 February 2021

研究の内容はさらりと簡単にいきましょう。本研究では、熱産生脂肪細胞に豊富に発現するクレアチンキナーゼB(creatine kinase B: CKB)を同定しました。また、CKBノックアウトマウスの褐色脂肪細胞ではPCrの合成が障害されることも確認し、この分子が機能的に重要であることも確認しました(03)。

またチームは、マウスに寒冷刺激を加えた場合や褐色脂肪細胞に交感神経刺激を加えた場合、これら細胞でのCKB発現が上昇することを見出し(04)、ヒトの褐色脂肪細胞に同様の調節機構があることも確認しました(05)。しかもCKB発現を抑制したマウス褐色脂肪細胞では(06)、酸素消費とATPのターンオーバーが減ることから、CKBが褐色脂肪細胞ミトコンドリアでのATP消費に関わることもわかりました。さらにチームは、複数の実験手法を用いることにより(07)、CKBが褐色脂肪細胞内においてミトコンドリアに局在することも示しました。

単離したミトコンドリアを用いる呼吸計測法で調べたところ、褐色脂肪細胞由来ミトコンドリアにクレアチンを添加するとADP量が増加するのに対し、他の細胞種のミトコンドリア、あるいはCKBを欠失した褐色脂肪細胞由来ミトコンドリアではこの現象が見られないことから、CKBが実際に無益クレアチン回路、すなわちATPの高エネルギーリン酸をCrに転移する反応で機能することも確認されました。

最後にチームは、褐色脂肪細胞あるいは全脂肪細胞でCKBをノックアウトしたマウスの表現型を解析しました(08)。その結果、通常のマウスでは交感神経刺激を模倣したβ3アドレナリン受容体のアゴニスト刺激でエネルギー消費と酸素消費が増大するのに対し、これらCKB欠失マウスでは、その増大が消失しました。また、これらCKB欠失マウスは有意な体重増加、空腹時血糖の上昇、耐糖能の異常などの所見を示すことがわかったのです。

おわりに

特殊な脂肪細胞にのみ備わる無益クレアチン回路という熱産生メカニズム、面白いですよね。本研究では、CKBの関与を同定したことで、分子機能抑制実験(ノックアウト実験など)も可能となり、このクレアチン回路が熱産生に関わる詳細を示すことが可能となりました。そしてその結果として、CKBが関わる熱産生が実際に体重調節や糖代謝と密接に関わることが明らかにできたわけであり、この意義は大きいと思います。CKBの発現や機能がヒトの肥満や糖尿病などに関わる可能性などについて、今後の研究が進んでいくのでしょうか。

それにしても褐色脂肪細胞(それからベージュ脂肪細胞も)、熱産生する仕組みをUCP1に加えてもうひとつ準備しているなんて、なかなか用意周到なヤツですよね。

補足

01: ベージュ脂肪細胞は、そもそも白色脂肪組織内にある脂肪細胞が寒冷刺激などを受けることで発生してくる誘導型細胞とされています。白色脂肪細胞には発現しないUCP1の発現が見られるようになり、褐色脂肪細胞と同様に熱産生をおこないます。ただ、褐色脂肪細胞が筋細胞と類縁する起源をもつと推定されるのに対し、ベージュ脂肪細胞の起源は異なるものと考えられています。

02: ATP(adenosine tri-phosphate)は、アデニン塩基と五炭糖のリボースが結合したアデノシンに3個のリン酸が結合した化合物です。この化合物の特徴は、高い結合エネルギーをもつリン酸結合(高エネルギーリン酸結合)を含む点にあります。ATPが加水分解されADP(adenosine di-phosphate)とリン酸になる際、ATP1モル当たり7.3 kcalのエネルギーが放出されます。

03: CKB floxマウスを作成し、ここから採取した褐色脂肪細胞にCreリコンビナーゼを発現させるアデノウイルスベクターを感染させて、CKBをノックアウトしています。

04: マウスの寒冷刺激は6˚Cでおこなっています。細胞への交感神経刺激作用を加える実験はβ3アドレナリン受容体のアゴニストであるCL 316,243を用いています。

05: 褐色細胞腫患者の褐色脂肪細胞を調べています。この疾患では腫瘍細胞がカテコールアミンを分泌するため、交感神経刺激作用が高くなった状況に似ることを利用しているのです。また、ノルアドレナリン作用によるcAMP生成を模倣する実験として、forskolin(フォルスコリン)を用いています。

06: short hairpin RNAs (shRNAs)でCKB発現をノックダウンした褐色脂肪細胞、および03と同様にCKBノックアウトマウスから採取した褐色脂肪細胞の両者で調べています。

07: ミトコンドリアに局在する既知の分子との共局在を調べた免疫蛍光染色法、ある種のプロテアーゼ処理に対してミトコンドリアタンパクが抵抗を示すことを利用したプロテアーゼプロテクションアッセイ、およびCKB遺伝子にFlagタグを付加したノックインマウスでCKB-Flagの局在をみる実験などをおこなっています。さらに、CKBアミノ酸シークエンス内に機能的ミトコンドリアターゲティング配列が含まれることを見出し、その変異タンパクも作成し、CKBがミトコンドリア局在を示すことを提示しています。

08: CKB floxマウスをUcp1-CreERT2マウスと交配し、Ucp1を発現する熱産生脂肪細胞で誘導性にCKBを欠失するマウス、あるいはCKB floxマウスをAdipoQ-Creマウスと交配し、アディポネクチンを発現する脂肪細胞でCKBを欠失するマウスを作成しました。前者はタモキシフェンの投与によりCKB欠失を誘導することができるモデルです。

最新情報をチェックしよう!