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運動で『免疫力アップ』とは書きませんが・・

新型コロナ感染がわれわれの健康や社会活動に大きく影響を及ぼす昨今、「免疫力」という言葉が今まで以上に注目されています。色々なメディア上で「○○食品で免疫力アップ」とか、「睡眠で免疫力を高めよう」とか、さらには「ポジティブな気持ちで免疫力が上がる」などなど、見聞きすることも多いですよね。「運動が免疫力に影響する」という内容もよく見ます。「適度な運動は免疫力を高める」や「過度の運動は免疫力を低下させる」など、ネットで検索するとホントにたくさん出てきます。

個人的には、『免疫力』という言葉を簡単に使おうとは思いません。免疫システムには多くの分子、細胞、ネットワークが関わりますし、これをひとつの「力」として議論するのは難しいと思うからです。ただもちろん、免疫に関わる分子機能、細胞機能、あるいはネットワーク機能の定量分析が不可能だと述べているわけでもありません。いずれにしても、免疫システムの複雑さを分解して理解し、それぞれがどのような調節を受けるのかを理解することが、当たり前ですが大切なのだと思います。

ナゼこんな前振りをするかというと、今回は「運動が免疫システムに関わる機構」についての研究を取り上げるからです。リンパ球は主要な免疫細胞として知られますが、造血幹細胞に由来します。より正確には、骨髄で造血幹細胞が複数の系列に分化する過程でつくられる、リンパ系共通前駆細胞(common lymphoid progenitor: CLP)に由来するのです。今回取り上げる研究は、このCLP細胞からリンパ球が作られるリンパ球造血(lymphopoiesis)のプロセスに関わる新しい細胞集団を同定し、この仕組みに運動が関わることを示したものです。具体的には、レプチン受容体(leptin receptor: LEPR)オステオレクチン(osteolectin: OLN)という2つの分子を発現する細胞(LEPR+/OLN+細胞)が、リンパ球造血のニッチ細胞として働くこと、そしてそのプロセスにメカノセンサー受容シグナルが関与することを示したのです。「運動」と「免疫システム」の新しい関係を示した本研究は、2021年2月24日、Nature誌で公開されました。筆頭著者はBo Shenさん、責任著者はSean J. Morrison先生で、米国テキサス大学サウスウエスタン・メディカル・センターを中心としたグループによる研究です。

A mechanosensitive peri-arteriolar niche for osteogenesis and lymphopoiesis

Bo Shen, Alpaslan Tasdogan, Jessalyn M. Ubellacker, Jingzhu Zhang, Elena D. Nosyreva, Liming Du, Malea M. Murphy, Shuiqing Hu, Yating Yi, Nergis Kara, Xin Liu, Shay Guela, Yuemeng Jia, Vijayashree Ramesh, Claire Embree, Evann C. Mitchell, Yunduo C. Zhao, Lining A. Ju, Zhao Hu, Genevieve M. Crane, Zhiyu Zhao, Ruhma Syeda & Sean J. Morrison

Nature: 24 February 2021

リンパ球はBリンパ球とTリンパ球に2分されます。Tリンパ球は最終的に胸腺組織で成熟を遂げますが、このB・Tリンパ球は両者とも、骨髄の造血幹細胞がその起源です。そして骨髄には、リンパ球系へコミットしたものの、B・Tリンパ球のいずれにも分化可能な細胞、すなわちリンパ系共通前駆細胞(Common lymphoid progenitor; CLP)という集団が存在するのです。

造血幹細胞から始まりリンパ球を含むすべての血球細胞が分化を遂げるプロセスは、自分たち造血系細胞だけで完結することは不可能で、非造血系細胞の支えが不可欠です。一般的に、幹細胞やこれに由来して種々の細胞への分化途中にある前駆細胞に対し、その増殖や分化に影響を及ぼす微小環境をニッチ(niche)、そしてその中の細胞成分をニッチ細胞と呼びます。もちろん骨髄においても、造血幹細胞やこれに派生する細胞群は、ニッチ因子やニッチ細胞による調節を受けるわけです。

研究チームは、骨髄中の非造血系細胞で、ニッチ細胞として働くレプチン受容体発現細胞(LEPR+細胞)に着目しました。そして、このLEPR+細胞集団が別の分子、オステオレクチン(OLN)の発現の有無で2分されることを見出したのです。骨髄においてLEPR+細胞は、2種類の血管である小動脈(細動脈)(arterioles)洞様毛細血管(sinusoids)に隣接して分布することが知られていたようですが、新しく見出したLEPR+かつOLN+の細胞集団(LEPR+/OLN+細胞)は、特に小動脈(細動脈)周囲に分布することも明らかになりました(01)。

LEPR+細胞をOLN+細胞とOLN-細胞とに分け、遺伝子発現や体外での分化能(02)を調べたところ、LEPR+/OLN+細胞は骨芽細胞への分化能をもつのに対し(osteogenic progenitors)、LEPR+/OLN-細胞は脂肪細胞へ分化する細胞(adipogenic progenitors)であるとの違いもわかりました。これを確認するため、動物個体内でLEPR+/OLN+細胞がどのような細胞に分化するかを追跡した結果、これら細胞が実際に骨芽細胞になることも示されました(03)。

LEPR+/OLN+細胞は造血細胞に作用するSCF(stem cell factor)という因子を産生するため、これら細胞に対するニッチ細胞として働くことが示唆されました。ではLEPR+/OLN+細胞は具体的にどのようなニッチ機能をもつのか、チームはこれをLEPR+/OLN+細胞でSCFを欠失させて調べました(04)。その結果、LEPR+/OLN+細胞のSCF産生が消失したマウスでは、リンパ系共通前駆細胞(CLP)が著明に減ることがわかりました。このことは、LEPR+/OLN+細胞がCLPに対するニッチ細胞として働くことを示しています。実際に野生型マウス骨髄の小動脈(細動脈)近傍を観察すると、LEPR+/OLN+細胞はCLPと近接して分布することも示されました。

大変面白いことに、チームはマウス骨髄のLEPR+/OLN+細胞が加齢とともに減少することも見つけました。しかもこれに伴い骨髄のCLPも減少するのです。このことは、加齢によってリンパ球造血が衰える過程に、LEPR+/OLN+細胞機能の低下が関わる可能性を示しているのです。

チームはさらに、感染症急性期の病態にLEPR+/OLN+細胞が関わるかを調べるため、リンパ球の働きで排除されることが知られる細菌をマウスに感染させました(05)。その結果、LEPR+/OLN+細胞でSCFを欠失させたマウスでは、対照群マウスに比べて有意な脾臓のリンパ球減少、骨髄のB前駆細胞減少、胸腺でのT前駆細胞減少、さらには細菌排除障害が見られるなど、LEPR+/OLN+細胞を介したリンパ球造血が感染時の免疫応答に実際関与することもわかったのです。

最後にチームは、運動がLEPR+/OLN+細胞機能と関係するかどうかを調べました。このために、回し車で運動できる環境においた高齢マウスを、運動させないマウスと比較しました。その結果、運動させたマウスではLEPR+/OLN+細胞が増え、CLP細胞も増加することがわかりました(06)。たいへん面白いことにLEPR+/OLN+細胞は、細胞が機械刺激を感知し情報伝達をおこなうために機能するタンパク質、PIEZO1を発現しています。そこでチームは、LEPR+/OLN+細胞のPIEZO1分子が実際にメカノセンサーとして機能することを確認するとともに(07)、LEPR+/OLN+細胞でPIEZO1を欠失するマウスを作成しました。このマウスの解析により、LEPR+/OLN+細胞のPIEZO1機能が無い場合には骨髄中のCLPが減少すること、さらにまたこのようなノックアウトマウスでは感染細菌の排除に障害が見られることも明らかになったのです。

整理しましょう。本研究では、骨髄の小動脈(細動脈)近傍に分布するLEPR+/OLN+細胞について詳しく調べ、これら細胞が骨芽細胞の前駆細胞であることを示しました。また、LEPR+/OLN+細胞がCLP細胞への作用を介してリンパ球造血のニッチ細胞として働くことや、実際この機能が感染症急性期の病原体排除にも関わることを明らかにしました。しかも、LEPR+/OLN+細胞のPIEZO1分子が運動による機械刺激の感知とこれに続くニッチ作用に重要であることや、PIEZO1欠失では実際に感染症急性期の病原体排除に障害が生じることも提示したのです。

骨形成のために成熟途中のLEPR+/OLN+細胞が、リンパ球になっていくCLP集団に対しニッチとして働くという内容、面白いですよね。しかもそのニッチ機能に運動刺激が関わるというのです。運動で『免疫力アップ』、と簡単には書きませんが、少なくともPIEZO1分子、LEPR+/OLN+細胞、CLP細胞という具体的な分子と細胞集団を介したリンパ球造血調節ネットワークが存在し、これを運動が増強するという成果は、注目を集めることと思います。ヒトにもこのような仕組みが備わっているのかということも含め、この研究の進歩に注目していきたいなぁと思います。

補足

01: OLN遺伝子座にmTomatoという蛍光タンパクをコードする遺伝子をノックインしたマウスで解析しています。このマウスでは、OLNを発現する細胞が赤色蛍光タンパクで可視化できるのです。

02: 骨芽細胞への分化能などは、コロニー形成線維芽細胞(CFU-F)アッセイで定量解析しています。

03: 細胞系譜追跡(lineage tracing)実験をおこなっています。タモキシフェンを投与すると、OLN陽性細胞で発現するCre-ERリコンビナーゼが核移行し、Rosa26遺伝子座の蛍光タンパク(Tomato)遺伝子を誘動発現できるマウスを用います。これにより、この組換え細胞に由来する細胞集団が継続して可視化可能となるのです。一方、骨芽細胞(osteoblasts)骨細胞(osteocytes)などを別の蛍光(eGFP)で識別できるレポーターマウス(Col1a1*2.3-eGFP)があるのですが、あらかじめこれら2者を交配しておくのです。得られるマウスにタモキシフェンを投与した後に解析すると、投与時にLEPR+/OLN+であった細胞に由来する細胞集団(赤色)と、骨細胞集団(緑色)との異同が解析できるのです。

04: OLN遺伝子座でCreERを発現するマウスを、SCF遺伝子座でloxp配列を挿入したマウスと交配したマウスを用います。タモキシフェンの投与により、誘導性にSCFの欠失(コンディショナル・ノックアウト)が得られるのです。

05: Listeria monocytogenesという細菌を経口的あるいは腹腔内に投与するモデルを用いています。

06: 逆の実験もおこなっています。すなわちたとえば歩く際に後脚を利用できない処置をマウスに施しておき、前脚と後脚とで比較解析しています。この実験でも、前脚骨髄では後脚骨髄に比べてLEPR+/OLN+細胞およびCLP細胞も多いことがわかったとしています。

07: PIEZO1は、細胞膜の張力変化として感知する機械刺激を、細胞内分子シグナルに変換するメカノセンサーチャネル分子です。ここではLEPR+/OLN+細胞が機械刺激に応じて開口して細胞内に陽イオンが流入する変化を、パッチクランプ法で調べています。

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