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すべての細胞でバーコードとプロファイリング   ―進化する「細胞家系図」作成法―

私たちの体は1個の受精卵に由来します。細胞は2個、4個…と増殖し、膨大な数にまで増えながら、胚そして胎児となるのです。出生後、成長期はもちろん大人になってもなお、体のどこかで新しい細胞が誕生します。私たちの体は約60兆個の細胞からなると言われますが、その時々の状態にいたるには、受精卵に始まり精密なプログラムに沿う細胞誕生と、環境に応じて促される細胞誕生の両者が関わります。しかしながら、何世代にもわたり細胞供給が続くプロセスの全貌は、完全には理解されていません。

個体の発生は、各所で細胞が増え、新しい細胞がその後の運命を決めていく現象の連続です。したがって、世代を重ね子孫を増やしてある特定の組織を作り上げる細胞系統、つまり細胞の「家系図」を理解することは重要な研究課題です。さらに言えば私たちの体を構成する細胞すべてに着目し、これらがどのような細胞系統に属し、どのような経過でそこに至ったかを明らかにすること、すなわち全身の細胞の「家系図」を作成することは、発生学の中心課題と言えるかもしれません。

環境に応じて生まれる細胞系統の研究も重要です。組織の一部が損傷を受け、残る細胞が増殖して修復することがあります。このような時、残存細胞がすべて一様に細胞新生に寄与するのでしょうか、それとも一部特定のものだけが新しい細胞を供給するのでしょうか。成体組織におけるこのような系統単位の動態がわかれば、さまざまな組織の損傷後修復研究にも大きな意味があるでしょう。

ある時点のある細胞に着目し、これが時間経過後にどのような細胞集団を供給するかを調べる「系統追跡(lineage tracing)」研究は、これまでにも盛んに行われてきました。特に最近では、数多くのバリエーションをもつ標識、すなわちバーコードに例えられるような記録を細胞に残すことにより、ここに由来する集団の追跡も可能となっています。

最近、細胞標識技術をさらに進化させ、全身の細胞系統追跡を可能とする新しいマウス実験システムを開発した研究が報告されました。しかもこの方法では、細胞系統追跡を遺伝子発現プロファイル解析と同時におこなうことができるとしています。米国ハーバード大学を中心とした研究グループによる論文で、筆頭著者はSarah BowlingさんとDuluxan Sritharanさん、責任著者はSahand Hormoz先生とFernando D. Camargo先生で、Cell 誌に発表されました(2020年5月14日)。

An Engineered CRISPR-Cas9 Mouse Line for Simultaneous Readout of Lineage Histories and Gene Expression Profiles in Single Cells

Sarah Bowling, Duluxan Sritharan, Fernando G. Osorio, Maximilian Nguyen, Priscilla Cheung, Alejo Rodriguez-Fraticelli, Sachin Patel, Wei-Chien Yuan, Yuko Fujiwara, Bin E. Li, Stuart H. Orkin, Sahand Hormoz, Fernando D. Camargo

Cell (2020)

本研究では、チームが開発した、細胞系統追跡を遺伝子発現プロファイル解析と同時におこなうことができるこのマウスを、CARLIN(CRISPR array repair lineage tracing)マウスと名付けました。CARLINマウスの概要は以下の通りです。まず、ある時点のマウス全細胞において、ゲノムDNAの特定領域に、複雑かつ多様な組換えが生じるよう仕掛けをつくるのです。この組換えパターンの相違により個々の細胞が識別できるので、これをバーコードに例えているのです。この時点以後にマウス内で誕生する細胞は、親細胞のバーコードを受け継ぎ、これを次世代にも伝えることとなります。したがって、どこかの時点でバーコードを読み取り調べることで、各々の細胞が属する細胞系統を解析できるのです。

論文タイトルにもあるように、本研究でのバーコード遺伝子作成にはCRISPR-Cas9 (クリスパー・キャスナイン) システムによるゲノム編集を利用します(01)。CARLINマウスでは何もしなければ、すべての細胞で人工的にデザインして組み込んだCARLIN遺伝子が、基本バーコード配列のままmRNAとして発現します。しかしある時点で薬剤(DOX)を投与するとCas9が働き、CARLIN遺伝子内の最大10箇所の部分を切断するのです。この10箇所で切断される、切断されない、もしくは切断されて色々な変異が生じる、など複数の修復パターンが生じるため、CARLIN遺伝子領域全体で、細胞ごとに異なる多彩なバリエーションを生じることとなり、これがバーコードとして利用できるのです。

さて、実際CARLINマウスにDOXを投与して全身を調べた結果、いくつかの組織を除きほぼ全身でゲノム編集が起き、CARLIN遺伝子に多様なバーコードが作成することがわかりました。血液細胞の一種である骨髄顆粒球を採取し解析したデータに基づくと、CARLINマウスではおよそ44000パターンのバーコードバリエーションを生み出せることもわかったとしています。

これを受けて研究チームは、CARLINマウスを、シングルセルRNAシーケンス(single cell RNA sequence: scRNA-seq)による遺伝子発現解析と組み合わせます(02)。CARLIN遺伝子は転写されmRNAとして発現するように作られていますので、scRNA-seq解析をおこなうと、各細胞のCARLIN遺伝子バーコード情報と発現遺伝子プロファイルとを併せて解析できるのです。

研究チームはまず、胎生期に出現する造血細胞の系統追跡を行いました。成体マウスの造血はもちろん骨髄でおこなわれますが、胎生期の造血は肝臓でおこなわれます。そこで、胎生期造血開始期の細胞を標識し追跡するため、胎生9.5日でCARLINマウスにDOXを投与しました。そしてこのマウスが生まれた後、骨髄細胞を採取しCARLIN遺伝子バーコード解析とscRNA-seq解析をおこなったのです。

この結果、多彩なCARLIN遺伝子バーコードをもつ造血細胞系統が確認できました。胎児体内でもCas9が働いて、ゲノム編集がうまく作動したわけです。この時、CARLIN/scRNA-seq併用によるプロファイリングもあわせて見てみると、同一CARLINバーコードをもつ同一細胞系統集団に、造血幹細胞と色々な種類の非幹細胞が含まれることがわかりました。このことは、胎生期に出現した造血細胞が単に子孫を増やしただけでなく、造血幹細胞の起源となったことを明瞭に示しています。

チームはまた、CARLIN/scRNA-seq併用が成体マウスでの組織修復機構解析にも有用かを調べました。このために、8週齢のマウスにDOXを投与しCARLINシステムを作動させた後、薬剤(5FU)で骨髄障害を誘導しました。その10日後に骨髄細胞を採取し、CARLIN/scRNA-seq解析を併用し細胞系統動態を見たのです。

その結果、5FU処理マウスでは、同じCARLINバーコードをもつクローンのサイズが増えたケースが多くみられました。つまり、組織障害を感知し細胞系統集団を増やすよう動いた造血幹細胞が増えたのです。しかも、全ての造血幹細胞が同じように振る舞うのではなく、積極的に系統細胞を増やした造血幹細胞と、そうでない造血幹細胞とがあるという、大変興味深い結果も得られました。

遺伝子バーコード技術を利用する細胞系統追跡技術は、もちろん本研究以外にも複数報告されています。その中でCARLINシステムは、DOXでバーコード生成時期を調節できることに加え、バーコード領域が転写後のmRNAとしても解析可能でscRNA-seqと併用できることがひとつの特徴です。責任著者のCamargo先生も別のところで述べているように、今後CARLINマウスモデルは発生学研究や組織障害を生じる種々の疾患研究に、大いに利用されていくものと期待されます。

補足解説

01:CRISPR-Cas9 (クリスパー・キャスナイン) システム。Cas9は、細胞核内で特定配列を狙ってDNAを切断する酵素です。切断されたゲノム部分は修復を受けますが、高い確率で塩基の欠失や挿入などのミスが生じる結果、さまざまな変異が生じます。逆に、この変異を意図的に利用してゲノムDNAを改変するのがゲノム編集です。

02:シングルセルRNAシーケンス(single cell RNA sequence: scRNA-seq)。mRNAの種類と多寡に基づいて、1細胞レベルでの発現プロファイリングをおこなう技術です。

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