ライフサイエンス研究とその周辺に関する個人のブログです

Importin(インポーティン)は慢性疼痛の新しい治療ターゲット?

病気に対する適切な治療がおこなわれ、すでに治癒したと考えられる時期になっても痛みが持続することがあり、慢性疼痛と呼ばれます。慢性疼痛の成因には心理的要素も関わるとされ、治療がなかなか困難なケースも多くみられます。長期にわたる症状の持続で日常生活の質が著しく低下することもあり、医学・医療の進歩が望まれている分野です。

組織が機械的・化学的損傷や冷熱刺激を受けると、急性疼痛が引き起こされます。このような侵害刺激(noxious stimuli)による急性疼痛が生じるしくみ、というかその興奮伝達については、比較的よくわかっています。皮膚や関節などで侵害刺激を感知した末梢知覚神経が、長い軸索を通して情報を脊髄後角に伝えます。ここでシナプスを介して中枢神経へ伝わった情報は、視床や大脳皮質で処理されるのです。

これに対し、慢性疼痛が生じる機序やその伝達経路については不明な点が多く残っています。たとえば、急性疼痛が生じるのに必須の役割をになう末梢知覚神経が、はたして慢性疼痛にも関与するかについてもよくわかっていなかったのです。

このような背景のもと、慢性疼痛に関わる分子機構の一部を明らかにした研究が報告されました。細胞の内部で、さまざまなタンパク質を細胞核に運ぶはたらきをもつimportin(インポーティン)分子、しかも末梢知覚神経内におけるimportinα3の機能が、慢性疼痛に関わるというのです。臨床的なインパクトももつだろうと期待される本研究は、2020年8月14日にScience誌に発表されました。論文の筆頭著者はLetizia Marvaldiさん、責任著者はMike Fainzilber先生で、イスラエルのワイツマン科学研究所を中心としたグループからの研究論文です。

Importin α3 regulates chronic pain pathways in peripheral sensory neurons

Letizia Marvaldi, Nicolas Panayotis, Stefanie Alber, Shachar Y. Dagan, Nataliya Okladnikov, Indrek Koppel, Agostina Di Pizio, Didi-Andreas Song, Yarden Tzur, Marco Terenzio, Ida Rishal, Dalia Gordon, Franziska Rother, Enno Hartmann, Michael Bader, Mike Fainzilber

Science 369 842-846 2020

この研究の中心となるAP1とimportinα3について少し書いておきましょう。

AP1は、c-Fosc-Junという2つのタンパクで構成されるよく知られた転写調節因子です。特定の配列を認識してゲノムDNAに結合し、標的遺伝子の発現を制御します。サイトカインや成長因子の刺激を受けた際の増殖など、さまざまな細胞機能発現のための遺伝子転写に関わるのです。AP1が疼痛と関係することも、すでにある程度研究が進んでいたようです。

さてAP1は、転写調節の場である細胞核に常に存在するのではなく、細胞質と細胞核の間で局在を変えることが知られます。ただ、簡単に言うものの、タンパク質がいつでも勝手に核移行できるわけではありません。核に移送されるタンパク質は、自身のアミノ酸配列中に核移行シグナル(nuclear localization signal; NLS)と呼ばれる塩基性アミノ酸の並びを持っています。このNLS配列に輸送タンパク質であるimportinαが結合し、さらにimportinβと一緒になり、核へと移送されるのです。AP1の場合、細胞が刺激を受けるなどして転写因子としての活性化が必要な状況になると、核移行の一連のステップがONになるのです。

本研究は、importinα3を欠失したマウスにおける熱侵害刺激に対する応答が、野生型マウスが示す応答よりも小さいことの発見から始まります。具体的には、importinα3 ノックアウトマウス、あるいはウイルスベクターでimportinα3をノックダウンしたマウスにおいて、足底に熱刺激を与えた際の急性疼痛反応が低下することを見出したのです。

これを受け、研究チームはimportinα3が慢性疼痛に関与する可能性についても調べます。このために、マウスのspared nerve injurySNIモデルを使いました。坐骨神経の枝を一部結紮し、神経障害性疼痛を評価するモデルです。このモデルを作成し、野生型マウスとimportinα3 ノックアウトマウスの観察を3ヶ月にわたって続けた結果、興味深いことがわかりました。というのも、実験開始後60日という長期間が経過して以降、importinα3 ノックアウトマウスで触刺激に対する逃避行動が改善を示し、慢性疼痛が軽減したのです。ウイルスベクターでimportinα3をノックダウンしたマウスでも同様の結果が得られ、importinα3の機能抑制で慢性の神経障害性疼痛が改善することが確認されました。さらに、末梢神経に限定してimportinα3 をノックダウンする実験でも同様に慢性神経障害性疼痛が改善しました。以上から、末梢知覚神経細胞内部でimportinα3機能を抑制することで、慢性の神経障害性疼痛、とくにその後期相の症状を改善できるとしたのです。

では、末梢知覚神経内のimportinα3は、どのように慢性疼痛と関わるのでしょうか。これを調べるために、末梢知覚神経の細胞体である脊髄後根神経節DRG)に発現する遺伝子を解析しました。その結果、importinα3 ノックアウトマウスの脊髄後根神経節では、複数のAP1標的遺伝子が発現低下を示すことがわかりました。AP1を構成するc-Fosは、importinαと結合するNLSを持っています。したがって、研究チームは、importinα3の機能欠失によってAP1が核移行できなくなること、そしてその結果AP1による遺伝子発現が低下することが、慢性疼痛の軽減につながるのではないか、と考えたのです。

このことを調べると、実際DRGニューロンにおいてimportinα3とc-Fosが細胞内で近接して分布することが確認できました。しかも、野生型マウスのDRGでは核に局在するc-Fosが多いのに対し、importinα3 ノックアウトマウスのDRGでは、核移行したc-Fosが少ないこともわかったのです。

AP1が慢性の神経障害性疼痛に関わることは、ほかの実験でも確認できました。すなわち、AP1を構成するc-Fosあるいはc-Junのノックダウン、またはドミナントネガティブタイプのAP1の強制発現によって、importinα3の機能欠失の場合と同様、SNIモデル実験において後期相での神経障害性疼痛が軽減したのです。

研究チームはこれら結果を受け、importinα3を抑制する化合物が慢性疼痛の新しい治療薬の候補となるのではと考え、データベース上でのスクリーニングをおこないました。その結果明らかになった50程度の化合物の中で、疼痛との関係が知られないものが35も含まれました。研究チームはこの中で、抗不整脈作用を示すajimaline、強心作用を示すsulmazole、抗生物質であるsulfamethizoleに着目しました。そしてその作用を調べた結果、sulmazolesulfamethizoleの2剤は、マウス神経細胞におけるc-Fosの核局在を抑制しただけでなく、SNIモデルでの神経障害性疼痛抑制効果を示したのです。

整理しましょう。本研究では、末梢知覚神経細胞におけるimportinα3機能が、c-Fosの核移行を介し、侵害刺激に対する疼痛だけでなく、神経障害性疼痛の後期相の症状にも関わることを示しました。このことは、ある種の慢性疼痛が、末梢知覚神経細胞内分子メカニズムが理由で生じうることを示すものです。研究チームは、ヒトのDRG(末梢知覚神経細胞の細胞体)でもマウスと同様にimportinα3 発現が見られるので、この分子機構はヒトにも共通なのではないかとしています。

さらに本研究は、ヒト慢性疼痛の治療という視点で考えた場合にも重要なデータを提示しています。リドカインなどイオンチャンネルに作用する薬剤、あるいはオピオイド系薬剤など、現在疼痛治療に用いられる薬剤群に加え、importinα3 阻害作用をもつ新しいグループの薬剤が、ヒト慢性疼痛の治療薬となりうる可能性を提示したのです。本論文に記載されたsulmazoleとsulfamethizoleの2剤だけでなく、このグループの薬の開発や今後の臨床研究にも注目していきたいなぁと思います。

最新情報をチェックしよう!